2022年12月4日礼拝 説教要旨

神さまからのお恵み(ルカ4:14~21)

松田聖一牧師

 

すごろくゲームと言うゲームがあります。さいころを転がして、そのさいころの目の数だけコマを動かしていきます。そのコマを進めたその場所にはいろいろと指示がありますが、その1つにこんな指示もあります。「振出しに戻る」スタート地点に、もう一度戻れということですが、ゲームをやっている本人にとっては、せっかくここまで来たのに、またふりだしに戻らないといけないということは、残念な気持ちになります。それは逆戻りしないといけないからです。それと同じことを、私たちも、いろいろな時に経験させられることがあるのではないでしょうか?せっかくここまで来たのに・・・逆戻りしなければならないという時、いろんな思いになりますね。

 

イエスさまが、ガリラヤに帰ったとある中で「帰った」と言うことも、同じです。というのは、「帰った」という言葉は新約聖書の中で、何回かしか使われていない大変珍しい言葉ですが、その意味は、逆戻りするということでもあるからです。つまり単に、ガリラヤに帰ろうとしたから、帰ったということではなくて、本当はガリラヤではなくて、もっと別の方向に進んで行きたかったのに、ガリラヤに逆戻りしなければならないということを、イエスさまも味わっておられる、ということになるからです。でもその時のイエスさまの内面の言葉、気持ちはありません。

 

そしてもう1つのことは、逆戻りということは、究極の理想を追求し、実現しようとしていることの現われでもあるのではないでしょうか?というのは、一般的にも理想を追求して、それを実現しようとすればするほど、先頭に立っていくことになります。それは、逆風、向かい風をまともに受けていくということになりますし、そうなりますと、進みたい方向、実現したい方向になかなか進めません。具体的には大変です。先頭に立って物事を前に進めて行く時には、個人的な思いではなくて、周りのことを考えなければなりませんから、自分の思いに反することで苦しむこともあります。思うようにいかない葛藤もあるし、悲しみも味わいます。傷つきます。そして途中でうまくいかなくなって、もうこれ以上前に進めなくなることもあるでしょう。それこそ振出しに戻るという逆戻りが起こることもあります。

 

そこにイエスさまは立っておられるのです。その逆戻りをしなければならない時に味わうすべてのことを、イエスさまは先頭に立って引き受けながら、その只中に立っていてくださるのです。そしてその逆戻りは、「霊」の力に満ちて、すなわち神さまの力に満たされての逆戻りです。言い換えれば、神さまとしての力に満たされないと、逆戻りはできないということではないでしょうか?

 

しかし逆戻りしたことによって、諸会堂で教える機会となり、ガリラヤにいるみんなから尊敬を受けられ、イエスさまが神さまであるということを認めて、賛美され、称賛され、尊ばれることになったのです。それは神さまがイエスさまを、ガリラヤへと導いてくださったからです。神さまがイエスさまと共にあって、ガリラヤに導いてくださったからです。

 

私たちにおいてもそうです。マイナスのように思う逆戻りは、確かに途中でくじけて、それ以上進めなかったという挫折でもあります。けれども、せっかくここまで来たのに・・・という思いを抱えながらの逆戻りであったとしても、そこにイエスさまが共にいてくださり、そして神さまが共にいて導いて下さるということが分かった時、逆戻りの中から、イエスさまへの評判、イエスさまへの尊敬が与えられ、そしてイエスさまが神さまだということを讃美できる機会となっていくのです。

 

そしてそのために立ってくださったイエスさまが、今度は、安息日の礼拝において聖書の言葉、聖書の巻物を朗読された時にも、そこにも立っていてくださるんです。

 

具体的には、預言者イザヤの書の巻物がイエスさまに手渡されたところから始まります。この巻物というのは、旧約聖書のことですが、巻物とある通り、当時、今日のような綴られた形ではなくて、羊の皮を使った、羊皮紙と呼ばれるものに、手書きで書かれたもので、それがくるくると巻物になっている形です。

 

神学校に、イスラエルから手に入れることが出来た巻物が保存されていました。それをお借りして、毎年教会に、生活科という授業の一環の町探検という授業で、近くの小学校の先生が、子どもたちを連れて訪ねてこられるということがありましたので、その時に、題材としたことがありました。毎年、小学校2年生の子どもたちが、ノートを持ってやってきました。いろいろインタビューされるのですが、こんな質問がありました。「教会で古いものは何ですか?」「教会はいつやっているんですか?」それぞれに「教会って、24時間、365日やっているよ~」といったことを答えていきました。その時に、他にもキリシタンの禁令の札であったり、マリア観音であったり、実物をいろいろ並べて、見せて子どもたちに説明しましたが、その巻物を巻いた状態から、開いた状態にしたとき、すごい長さになりました。教会の礼拝堂の前から後ろまでになり、そこに書いてある言葉は、ヘブライ語という珍しい言葉だよ~ということを紹介しながら、覚えて帰ってもらったことでした。創世記の言葉だったのですが、ベレーシート・・・と言った言葉を、子どもたちに聞かせたとき、伝えたのは、この言葉をしゃべれる人は日本でも本当に少ないよ~だから覚えて、学校に帰って先生に言ったらいいよ~そうしたら、子どもたちは目をキラキラさせて、ヘブライ語を何回も繰り返して覚えて帰っていきました。後から、子供たちからの感想をいただきました。その中には、ヘブライ語を、ヘベル語とか、面白い感想がいくつもありました。その時の聖書は、そういうぐるぐる巻きにしてある巻物です。それをイエスさまが渡されて朗読しようとしてお立ちになった時、目に留まった箇所が、「主の霊がわたしの上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、主がわたしに油を注がれたからである。主がわたしを遣わされたのは、捕らわれている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである。」でした。これはイザヤ書61章の御言葉でもありますが、それをイエスさまが朗読しようとされたわけですが、この言葉は、イエスさまご自身のことが語られているのです。

 

貧しい人に福音、よき知らせを告げるために、神さまがわたしイエスさまに油を注がれたこと、神さまがイエスさまを遣わされたのは、捕らわれている人に解放、目の見えない人に視力の回復、圧迫されている人を自由にするという目的がここにあります。つまりイエスさまが神さまから遣わされた目的は、いろいろな状況の中で、身動きが取れないでいた方、それこそ物理的に動けない方、自由を奪われ、監禁状態であった方、あるいは心理的に、圧迫され、自分自身が委縮して解放されないでいた方、外にも出られない、自分の殻からも出られない方といった、本当につらい中に置かれていた方への解放と、回復のメッセージです。それをイエスさまが、会堂で人々のいるところで紹介されたという意味は、イエスさまが、そこに記されている境遇に置かれた目の前の人々だけではなくて、会堂に入ることができないでいた人たち、会堂に向かって歩くことすら、一歩も動けないでいる方々に対しても、イエスさまは、解放と回復を約束しておられるんです。と同時に、その神さまの約束通りに、イエスさまは、そのところにも行き廻って、そこにも立っていてくださり、そこにも共にいてくださるお方なのです。

 

そのイエスさまを目にした会堂にいるすべての人の目が「イエスに注がれていた」とは、イエスさまにすべての人々の目が集中していたということは、神さまからのお恵みが、今、ここにあるということ、イエスさまが今ここにいることが目の前で実現しているということも、見る目となったのではないでしょうか?

 

あるケアハウスで、住んでおられる方々に毎週伺う機会が与えられた時のことでした。大正生まれの方もまだまだお元気でいらしたときのことです。ある時に、いつものように少し広いスペースに、各部屋から車いすやら、歩行器で職員の方々の助けをいただいて、みなさんが集まりました。不思議なことですが、それぞれの方が、声を掛け合って、誘い合ってこられるのです。ある時には、8人くらい集まったことがありましたが、一緒に讃美歌を歌い、聖書の御言葉を聞いて、一緒に祈るというお恵みがありました。その時、何かのきっかけで、それぞれが自分の生まれた年を、順番におっしゃい始めました。私は大正3年、私も大正3年、あらあなたも~という合いの手が入ったりしながら、次々と生まれた年をおっしゃっていきました。私は大正5年、私は大正8年です~神戸の空襲の時に、橋の下に逃げて助かったとか、大正5年の方は、戦前の紫禁城のお話とか、あの紫禁城に置いてあった宝物は蒋介石が持っていったとか、大正3年の方は、ずっと日曜学校から教会に通われていたお話をされましたが、私が日曜学校に通っていた時の校長先生は、長老だったとか、空襲で焼ける前の会堂の話になった時には、礼拝堂の椅子の前から3番目に座っておられた方は、どなたでしたか?こちらに尋ねられるのですが、その時代に生きていないのに~と思いながらも、いろいろ面白いやり取りがありました。台風が日本に近づいたら、いつもお祈りをする、そうしたら台風が太平洋と日本海に分かれて行った~と喜んでおられる方もありました。そんな戦前、戦中、戦後を生きておられた方々が、お互いに自分の生まれた年を順番に、私は大正3年、私も大正3年、私は大正5年、私は大正8年、と紹介しながら、一番最後に、小さくなっておられる方がいて、その方に、大正生まれの方々が、一斉に、あなたは?と尋ねられた時、小さな声で、「私は昭和一桁です~」と遠慮がちにおっしゃれた途端、若いわね~と一斉におっしゃっていました。

 

年をとったとか、若いとか、若くないというのは、相対的だなと感じました。そうですよね。大正生まれの方にとっては、昭和の一桁でもお若いです。ですからそういう意味では、ここに大正生まれの方がいらっしゃったら、どなたも子どもや、孫や、ひ孫の世代になりますね。そういう意味では、大正からすれば、お若い方がばかりです。若いかそうでないかというのは、そういう意味で相対的ですね。

 

そんな集まりでしたが、讃美歌を歌い、聖書の御言葉を聞き、一緒に祈るという礼拝が成される時、皆さんがおっしゃっていました。「ここは教会!」今日は教会の日!そう口々におっしゃっていました。実際に教会の礼拝に出かけることはできませんでした。でも行きたかった方もいらっしゃいました。クリスマスには是非行きたい!そんな希望もありましたが、実際にはかないませんでした。でも礼拝堂と言う場所ではありませんでしたが、お住いのその場所で、聖書の御言葉を聞き、讃美をし、祈りをささげるという礼拝を通して、もうそこが教会になっていました。

 

イエスさまのことが語られた時、それは会堂にいる人々に語られた言葉です。それは、イエスさまがしてくださったこと、してくださることの約束であり、それが実現した言葉です。でもそれは、会堂にはいない、会堂には来れない、会堂には入れないでいる方々に向かっても、この約束は与えられています。そういう意味で、神さまからのお恵みというのは、今、目の前に見えるかたちで与えられている、出会いだけではありません。今、ここにはいらっしゃらない、まだお会いしたこともない方々にも、与えられています。イエスさまの言葉「主がわたしを遣わされたのは、捕らわれている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである」が実現したとは、主の恵み、神さまの恵みは、いつでも、どこでも、どのような中にあっても、語られ、与えられ続けている約束が実現しているということなのです。そこにイエスさまは、遣わされています。そこにも行き、会ってくださいます。

説教要旨(12月4日)