2022年5月8日礼拝 説教要旨

お互いさま(ヨハネ13:31~35)

松田聖一牧師

ある一人の方の、戦争中の出来事です。大阪で空襲に遭い、火の海を逃げ惑う中で、子どもだったころのことを振り返って、後年こう語っていました。「火の海を逃げる際中の出来事。爆風で何メートルは吹き飛ばされて、ようやく立ち上がったところへ、「坊ちゃん、助けて!!」一軒おいた隣に男ばかりの5人の子どもがいて、幼児の頃からの友人と弟たち。火の海の中で、母親が両手をあけて動けなくなった子供たちと立ち往生。近くに見えた私に叫んだのだった。すでに負傷していた私はどうしようもない。いや、助けようとしなかったのだ。自分も無我夢中であったが、土壇場で幼友達を助けようとしなかった自分に愕然とした思いが未だに残ります。許されない苦しみ。」その出来事などが大きな契機となり、自分自身を問い詰めながら、教会に通われるようになったのでした。そしてこう締めくくっておられました。「今なお毎日戦争で傷つき、飢え、死んでいく子供たちの姿をテレビで見ながら、「あの子供たちに何を語れるのか」と自らに問いかけています。

 

あの時、助けようとしなかったのだとおっしゃいます。しかしご自分も大けがをしている時に、助けられなかった、ということでもあると思います。切羽詰まった時、自分も生きるか死ぬか分からないような中で、助けようとしても、助けられなかった出来事は、この方だけのことではないと思います。なぜかというと、そこに自分自身を重ねた時、私はどうするだろうか?助けようとしたかどうか?助けられたのか?助けられなかったのではないか?ということを、自らに問うことになるからです。しかしその問いの答えは、誰にも分かりません。でも、誰にも分らないということであっても、この時「助けて!!」と叫んだそのお母さんは、助けてくれる!とこの方を信頼して、すがりつくように叫んでいたということです。そこに信頼は確かにあったのです。

 

それはイエスさまの弟子の一人ユダに対する、イエスさまの姿でもあります。でもユダは、イエスさまに招かれ、従ってきたのに、イエスさまをお金で売り払うという行為をしてしまうのです。見方を変えれば、イエスさまよりもお金を選んでしまったし、もっと言えばイエスさまをお金で引き渡そうとする自分自身を、イエスさまよりも、選んでしまったのでした。それが引き金となって、イエスさまは捕らえられ、十字架に付けられることになりますが、そんなユダに対してでさえも、イエスさまは信頼しておられたのです。つまり、ユダのイエスさまを裏切ったこと、また裏切るという行為となるには、イエスさまのユダへの信頼があってこそ、裏切りとなったのです。逆説的な言い方ですが、そもそも裏切るということになるためには、その前に信頼があるのです。信じて、信頼していなければ、イエスさまが裏切られるということにはなりません。

 

そういう意味で、ここにあるのはイエスさまに対するユダの裏切りだけがあるのではなくて、イエスさまに対する裏切りには、イエスさまのユダへの信頼があるのです。そして、その信頼は、ユダがイエスさまを裏切ってもなお、ありつづけた信頼であり、彼がイエスさまを裏切ってもなお、それでも彼を信じていたのです。その証拠にイエスさまは最後の晩餐の中で、ユダにもパンを与え、ユダもそれを受け取っています。でも彼はイエスさまのところから出て行ったのです。

 

その時、イエスさまは、人の子、すなわちイエスさまが「栄光を受けた」とおっしゃられるのは、裏切り者のユダが出て行くことで、十字架の死と復活という栄光に、いよいよ道がつけられていくからです。確かにユダがイエスさまの所から出て行ったのは、イエスさまに対する裏切り行為です。しかしそれによって、赦し、罪の赦しに繋がり、赦しが与えられていくということに、道が繋がっていくのです。

 

それは言っても、裏切りと信頼は、お互いに矛盾です。ユダが裏切ったということは、イエスさまに対する裏切りであり、反逆です。それ自身は、イエスさまにとって大きな痛手であり、十字架の上で殺されていくという残虐極まりない行為がイエスさまに襲い掛かってきますから、こんなひどいことがあっていいはずはありません。しかし、こんな悲しい、こんなことがあっていいはずがない、ことを、イエスさまは神さまとして、それをそのまま受け入れられたのは、ただ裏切りだけを受け入れたのではなくて、その裏切りの前にそもそもあったユダへの信頼を、そのまま十字架の上でイエスさまはあらわされたばかりか、裏切りを赦しへと変えてくださり、その赦しを与えるために、裏切りを受け取っていかれるのです。

 

それによって、イエスさまは「栄光」を受けたのです。その栄光とは、神さまの赦しであり、その赦しを「すぐにお与えになる」直ちに与えて下さるのです。

 

でもその赦しを与えるためには、イエスさまは、捕らえられ、十字架にかけられていきますから、弟子たちの前からいなくなってしまうのです。しばらくは一緒にいます。でも捕らえられたその時から、弟子たちの前からいなくなってしまうのです。その言葉だけを見れば、弟子たちにとって、イエスさまがいなくなるということであり、弟子たちは、イエスさまの言葉通り、イエスさまがどこに行ったのか?どこにいるのか?と捜すのです。

 

でも「わたしが行く所にあなたたちは来ることができない」一緒に十字架刑に処せられるところに来ることができないだけではなくて、イエスさまがわが神、わが神、どうして私をお見捨てになったのですか?と、神さまからも切り離されたところ、全くの孤独の只中にも行けないのです。さらには、イエスさまが復活され、弟子たちにその姿を現された後、イエスさまはずっと一緒にいるわけではなくて、彼らの目の前で、天に昇られ、彼らの目には見えなくなります。

 

しかしそれはイエスさまが一緒にいないという意味ではないのです。確かにイエスさまのところに行くことはできません。「あなたたちは来ることが出来ない」との言葉通りです。でもイエスさまにどこまでもついていけなくても、その結果、目で見て、触れるということがなくなっても、「互いに愛し合う」こと、イエスさまがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うということの中に、イエスさまが一緒におられるということなのです。

 

不思議ですよね。互いのことを思って、互いに相手のその方が、よりよい生き方ができるように、助けて、励まし、支えていくこと、また助けられ、励まされ、支えられていくということの中に、一緒にいるという意味はなんでしょうか?1つは、「お互いに」ということから言えることがあります。それはお互いにという時、お互いとなっている関係は、わたしとあなたとの関係になるということです。そしてわたしにとって、あなたはあなたとなり、あなたにとっては、わたしは、わたしとなるということです。

 

わたしにとって、あなたがいる、あなたにとって、わたしがいる、そしてお互いに、あなたと呼べる関係があり、そのあなたと呼ぶ時、そのあなたは、わたしのことをいつも気にかけて下さっています。そしてわたしも、あなたのことを思い、気遣いながらということが、互いに、ということになるのではないでしょうか?どちらか一方が、一方的にということではなくて、いつも、あなたを思い、わたしを思うのです。それはお互いを思って、お互いに祈るということにも繋がります。

 

祈ってね~祈ってくださいということがありますね。その時、祈ってね~祈ってください~と言われたその人は、そのことを覚えて祈ると共に、その方のことを祈りますね。時には会ったこともない方のためにも祈ります。その祈りを通して、わたしにとって、その人が、あなたとなっていきます。逆もありますよね。わたしが会ったこともない、方がわたしのことを祈って下さるとき、その方にとって、わたしは、あなたとなっています。

 

今年2月に信徒の友に伊那坂下教会のことを祈りに覚えましょうということで、掲載された時、全国の教会から、ハガキが何枚も届きました。そこには祈っています~新しい地での働きを覚えて祈っていますといった祈りのこもったメッセージが届きました。びっくりしました。差し出し人の住所を見ましたら、いろんな地名がありました。全国津々浦々に教会があり、そこでお会いしたことのない方々から、寄せ書きやら、また教会学校を覚えて、一人のその子のために祈っていますというメッセージがあり、私は伊那の教会の牧師館で生まれましたという方からのメッセージもありました。

 

それらの方々は、わたしたちに会ったことはありませんし、私たちもお送りくださった方々にお会いしたこともほぼほぼありません。でも祈っています~と祈って下さる方々にとっては、私は、あなたとなっています。そして私たちにとっても、祈ってくださっている方々があなたとなっていくのです。そんなお互いとなった時、そこにイエスさまは、目に見えなくても、お互いという出会いの真ん中に共にいてくださり、イエスさまがあなたがたを愛した愛が与えられていくのです。

 

2つのことを紹介したいと思います。1つは、ある時に、木曽福島に行って帰り道、権兵衛トンネルを通っている時のことでした。携帯電話がなりました。運転中だったので、スピーカーにして聞こえるようにして、電話を取りましたら、神学校を卒業して、初めての任地であった教会の方からのお電話でした。もう90歳近い方からでした。慣れない携帯を使って、久しぶりのお声、懐かしい声でした。伊那はどうですか?もう慣れましたか?毎朝、祈ってます~伊那でも福音を宣べ伝えて行ってくださいね~。びっくりでしたが、うれしいお電話でした。祈られていると感じました。そして私もその方を覚えてお祈りしないと~と思いました。

 

また、神学校で新約聖書を教えてくださった先生がいました。新約聖書はギリシャ語で書かれていますが、そのギリシャ語を1から教えてくださった先生でした。在学中は、ギリシャ語がさっぱりわからなくて、毎回先生から、何を言っておるんじゃ~と叱られっぱなしでしたが、それでも叱咤激励をいただきながら、何とか、ギリシャ語という言葉に触れていけるようになりました。そんな先生から卒業後、折々にお電話をくださいました。神学校からでした。この先生の声には特徴がありまして、大変大きな声なんです。どこででも、電話口でも大きな声なんです。そうなりますと、電話で何をしゃべっているか、神学校中に響き渡りますので、全部筒抜けでした。そして熱烈な阪神ファンでいらっしゃいました。時々阪神の試合の翌日に授業がありますと、阪神が勝ったか、負けたかがすぐわかります。関西では阪神ファンの方が多いですが、特に阪神電車で、甲子園駅から阪神の試合を終えて電車にたくさんの方々が乗り込まれる時、同じようにすぐ結果が分かります。負けた~ということですと、空気が重いんです。どよんとしています。熱烈なファンの方は、それぐらいに体中から出るんですね。そんな先生が、教会員としておられる教会に赴任しました。しばらくはお元気でしたが、高齢になられ、授業が出来なくなり、自由にお体が動かなくなり、介護のホームに入られることになりました。ある時、ご家族の方から、もうそんなに長くはないということを聞かされ、一度ぜひ教会に介護の職員の方々と一緒に伺いたいと思っているので、聖餐式をしてもらえないか?とご依頼をいただきました。喜んでお受けすることにし、その日を迎えました。先生は、ベットに横たわったまま、職員の方々に付き添われ、教会に来られました。かつての何を言っておるんじゃ~という豪快な声はもう出せませんでした。それでも先生と一緒に礼拝を守り、聖餐の恵みにあずかりました。ご自分でパンをとることもできませんでしたから、パンをぶどうジュースに浸して、いただかれました。その礼拝の中で、一緒に主の祈りを祈りました。すると、あの豪快な声で、主の祈りを祈り始めました。びっくりしました。天にまします我らの父よ・・・と一緒に主の祈りを祈った時、その祈りはお互いに、神さまに向かっての祈りとなっていました。そこに主が共にいてくださいました。そしてみんなで記念写真を撮り、やがて先生はベッドに横たわりながら、教会を後にされました。それが教会に来れた最後になりました。後に召された時、葬儀もやってほしいということでさせていただくこととなりました。神学校で学んでいた時には、叱られてばかりいたこと、でも卒業後折々に電話を下さり、神学校中に響き渡る声で、何をしゃべっているかが全部筒抜けという声で、祈りに覚えてくださったこと、阪神の大ファンでいらっしゃったこと、そして、毎回の礼拝説教では、新約聖書からの時は、毎回、ギリシャ語に当たれ!毎回、ギリシャ語から聖書の言葉の意味を全部調べて準備することだ~と何度もおっしゃっておられた先生でした。

 

お互いにお互いを覚えて祈るというのは、そういうことではないでしょうか?たといお互いに場所は離れていても、またもうこの地上ではお会いできなくなっていても、それでも互いに覚えて祈り合えること、互いに、祈り合える関係、そして互いに同じ神さまに向かって祈れる関係、お互いを覚えて祈り合える恵みを与えて下さっています。その時、イエスさまは、どこにあっても、お互いにというその只中に共にいてくださるのです。どんなに離れていても、同じイエスさまが、いつも一緒にいてくださるのです。

 

それが私たちに与えられたお互いさまです。わたしとあなたとの関係は、お互いに覚えて、お互いに祈り合える関係です。お互いに神さまに向かって祈れる関係です。そこに主が共にいます。目には見えなくても、一緒におられます。そして「それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる」目には見えなくて、共におられるイエスさまがおられること、イエスさまに愛された弟子、イエスさまに愛されたその人であるということを、皆が知るようになるのです。

説教要旨(5月8日)