「復活する」
加藤 智恵牧師   ヨハネによる福音書 20章1~18節

主イエスが十字架に掛けられたのは12時頃、死んだのは午後3時頃でした。主イエスは十字架から降ろされ、金曜日の日没前に墓に葬られました。ユダヤでは日没から1日が始まります。ですからこの日没から土曜日になります。土曜日は安息日です。土曜日の日没で安息日は終わります。マグダラのマリアと婦人たちは、イエス様の遺体に塗る香油などを用意して、日曜日の夜明け前に墓に出かけました。婦人たちが墓に着くと、墓石が取り除かれていました。婦人たちは驚き、走って弟子たちに知らせに行きました。「主が墓から取り去られました。どこに置かれているのか、私たちには分かりません」と弟子たちに告げました。そこでペトロと主の愛しておられた弟子が走って墓に出かけました。
ペトロは墓に入り、亜麻布が置いてあるのを見ました。亜麻布は死体を包んでいた布からすっぽりと死体が抜けるような形で置かれていました。2人の弟子は「あなたはわたしの魂を陰府に渡すことなく、あなたの慈しみに生きる者に墓穴を見させず、命の道を示してくださいます」(詩編16:10~11)という御言葉を思い出しました。主イエスは神の大いなる力によって、復活させられたのだと信じました。弟子たちは不思議に思いながら帰って行きましたが、マグダラのマリアは残りただ泣いていました。せめて遺体だけでも引き取りたいと思ったのです。マリアが泣きながら再び墓の中を見ると、白い衣を着た2人の天使が見えました。マリアに天使たちは「婦人よ、何故泣いているのか」と尋ねました。マリアが「わたしの主が取り去られました。どこに置かれているのか、わたしには分かりません」と言って振り向くと、主イエスが立っておられました。がマリアには、それが主イエスだとは分かりませんでした。主イエスは「婦人よ、何故泣いているのか。誰を探しているのか」とマリアの心に食い込むような適切な質問をされました・
主イエスがアラム語で「マリア」と言われると、マリアもアラム語で「ラボニ」「先生」と言いました。この時の主イエスは、死に勝利されたイエス様でした。天と地の一切の権能を授けられたイエス様でした。「わたしは天に昇らなければならないので、わたしにすがりつくのは止めなさい」とマリアに言われました。そして、イエスを裏切った弟子たちをわたしの兄弟たちと言い、兄弟たちに「私は私の神であり、あなた方の神である方の所へ昇る」と伝えなさい、と命じられました。マリアは主に再びお会いして喜びに満たされました。
主イエスはこの世の罪と死に勝利され、今はいつもマリアや私たちと共に居られるのです。祈りは一言一句、神様に覚えられているのです。「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。全てのことに感謝しなさい」と神様は私たちに語っておられます。

説教要旨(4月12日)