「救い主誕生の告知」 加藤智恵牧師

イザヤ書11章1~10節、ルカによる福音書1章26~38節

本日与えられたイザヤ書は、平和の主によって、新しい時代がやってくるという内容になっています。エッサイはベツレヘムの羊飼いにすぎませんでした。「エッサイの子」という呼び方には、ただの羊飼いにすぎない軽侮の意味が込められていました。事実、イエス様は神の御子でありながら、家畜小屋で最も貧しい姿でお生まれになりました。エッサイの切株から一つの若枝が育ち、その上に精霊が留まります。そのお方は知恵と識別の霊、思慮と勇気の霊、主を知り、畏れ敬う霊に満たされます。メシア来臨の結果は、被造世界における信頼の回復です。それは、アダムとエバが罪を犯す前の世界です。そこでは、すべての肉食の獣も草を食べ、干し草を食べるのです。すべては平和であり、すべては良かったのです。そして人は創造の中でも神と会話のできるものとして造られました。神の似姿に作られたのです。調和ある世界に住む者たちは、何事も害を加えず、滅ぼすことをしません。大地は主を知る知識の霊に満たされます。エッサイの根が用いられることによって、目立たない、みすぼらしい者ということが強調されています。その目立たない者が、すべての国々の旗印として立てられ、国々はみすぼらしく見えるメシアを求めるようになります。そこにこそ、新しい時代の新しさがあります。その留まるところは栄光に輝くのです。この栄光は、この世の権力、財力、豪華さではありません。まさに平和の主がやってくるのです。

新約のルカでは、イザヤによって預言された新しい時代のメシアの誕生が天使ガブリエルによって預言されます。天使はマリアに言います。「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みを頂いた。あなたは身ごもって男の子を生むが、その人をイエスと名付けなさい。その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家(つまりイスラエルの民)を治め、その支配は終わる事がない」。預言は実現して、神の御子であるイエス様がこの世にお生まれになりました。ご自分の命をかけて、私たちを愛して下さるお方が、この世にお生まれになりました。このイエス様によって、私たちは愛ということを知るようになりました。人間が救われるためには、どうしてもアダムの子孫ではない新しい受肉した神の子が現われなければなりませんでした。だから、ルカは乙女マリヤの精霊による受胎を証言しているのです。

説教要旨(12月23日)