伊那坂下教会 CSだより 2026年9月

今年は大きな台風がいくつも来て、各地に大きな被害をもたらしています。被害に遭われた方達にお見舞いを申し上げるとともに、神さまの守りと導きが与えられるようお祈りまします。そして台風が通り過ぎたあとの秋の青空は本当に美しいいです。実りの秋でもあります。苦難があってもこのような希望が与えられる事を感謝して過ごしたいですね。

2026年9月20日教会学校説教 「正しい者は一人もいない」

ではどうなのか。わたしたちには優れた点があるのでしょうか?全くありません。既に指摘したように、ユダヤ人もギリシア人も皆罪の下にあるのです。 ローマ3:9~10

 

今日のお話はですね。正しい人はいない。一人もいないというすごいことなんですね。

間違えたことない人っていますか。

失敗したこととかもあると思います。

うまくいかなかったこととかね、そういう間違えっていうのは誰にでもあるということなんですけども、

自分が正しいと思っている時ってのは、なかなか譲ろうとしない。

これは正しい自分の思っていることは正しい正解だっていうねと思っているときは、なかなか譲ろうとしないんです。

でも本当に間違いがそこには何一つないのか、正しいと言えないことが、

正しいと思っているところに本当にないのかって言ったらやっぱあるんですね。

それで、今日はちょっとここに黒板を持ってきました。

漢字でちょっと読み仮名、読み仮名って何て読むか、間違えてもいいからね。

これ何て読みますか。

「月極」

間違えてもいいから単純に

「けっきょく」

そうやって先生も読んだんです。「けっきょく」って読んでしまったことがある。

それでね、はっとそれを聞いた今なんて言ったって言われて、

「つきぎめ」と言うんだって。「つきぎめ」駐車場で、毎月毎月駐車料金を払う。

これ「けっきょく」って読んでしまったことがありました。

 

月決めっていうふうに教えてもらうと、ああなるほどっていうふうに間違いもわかるし、どうやったら正しい読み方なのかって。正しい読み方も教えてくれるよね。

これも今日までって読むんだって。教えてくれたら間違えていることはわかるし、同時に正しい読み方もわかる。

神様は正しい人はいない一人もいないっておっしゃっておられるんだけど、それはあなたは正しくありません。あなたは間違ってますっていうことだけを言おうとしてるんじゃないんです。

間違えているっていうことに気づかせてくださる。

と同時に、間違えたまんまにされるんじゃなくて、正しい読み方正しいのはこうだっていうことを神様、教えてくださるために間違えてるとこうしててくださるのね。

だから、正しい人はいない。

一人もいないっていうのは、あなたは間違ってるってなんていうか、頭ごなしに潰そうということじゃなくて、正しいことはこっちだっていうことをお示しくださる神様です。

正しくないっていうことを間違ってるっていうことがわかるっていうことをもう一つの言い方で言うと、

これを罪って言うんです。聖書ではね、罪って言います。

間違っていること、これをね、罪って言います。

罪って言ったらなんか犯罪ことだね。それからすごく重罪みたいなね。

あの人を傷つけちゃったり、とかそれから物を盗んだりとかというイメージがあるかもしれません。

でも聖書であるいは神様が罪だっていうのはね、

あなたは神様の言ってること、思ってることからずれてるよ、という意味なんです。

外れてるよっていうこと、外れてるから、だからそれは間違いだよって教えてくださるし、

外れてて間違いだっていう。

間違いっぱなしでいいっていうことじゃなくて、じゃあ、どうしたらいいのっていうことを示してくださる。

それが神様の許しっていうことを与えてくださることなんだけど、間違うよね。

人間って大人も全員そうです。

じゃあそしたら罪は犯し続けるよね。これはなくならない。

神様はこれをどうしたらいいのかというと、これを許すためにイエス様が十字架にかかって身代わりにこの罪を背負ってくださったということをちゃんと僕たち私たちに教えてくださいます。

神様がこの罪はちゃんとイエス様が代わりに全部受け取ってくださって、そしてイエス様が十字架の死とともに十字架の上で亡くなられるんだけど、この罪も滅ぼしてくださったということをちゃんと約束してくださって、その通りしてくださってます。

でも間違うのよね。

間違っている私たち僕たちをどうしてくださるのかというと、

この罪を神様の許しでいつも包んでくださいます。覆ってくださいます。

間違うことあるけど、それをなかったことのように包み込んで、そして被せてくださるのね。許しで、だからあるシーンなくならないんだけど、でも神様は正しい人はいない一人もいない誰もいないよって言いながら間違いも教えてくださるけど、それでもあなたの罪は間違っていることとかズレていることは許していますよっていうことを何度も何度もお示しくださって与えてくださってます。

だから思いっきり間違えられるんです。

間違えちゃうし、間違えられる。

間違えるから何もやらないでおこうとかね。

間違えるから失敗しないように何もしないでおこうではなくていろんなことにチャレンジできるんです。

間違えてもいいから、間違えてもちゃんと神様は許しで覆ってくださるから、何度も何度も間違えたり失敗したりしながらもチャレンジしたらいいよ、ということを今日も教えてくださっています。

正しい人は一人もいない、誰もいません。一人もいません。

でも、一人もいなくても正しくないこと、間違ってしまうこと、何度も何度もしても神様は何度も何度も許してるから、許すからやってごらんなさいってチャレンジを与えてくださいます。

これからも皆さんもそうですがこれからも大いに間違ってください。

間違えないように何もしないというのではなくて、間違っても大丈夫だという。

間違ったら神様すいませんと言って、許しをいただきながらいろんなことにチャレンジをしていただけたらいいな、というふうに思います。

教会学校だより 9月