復活節第5主日礼拝 母の日

司会・祈祷・説教・祝祷:加藤智恵牧師

献金:加藤幸夫兄、奏楽:ヒムプレイヤー

讃美歌:19,335、29

聖書:ヨハネによる福音書 15章18~27節

説教:「苦難の予告」加藤智恵牧師

5月も中旬を迎えました。若葉が萌え、花々が咲き競う季節となりました。自粛の生活を余儀なく過ごしてきた私たちでしたが、経済再建のため、また、正常な生活の確保のために、少しずつ活動が再開されるようになりました。希望が見えて来たように感じています。
本日は、復活節第5主日礼拝です。5月の31日(日)はペンテコステ礼拝の日です。
主イエスは、もうすぐ天に上げられる日が近づいてきていることを知って、弟子たちに迫害を受けることを予告されました。主の弟子として直接にイエスさまから、呼びかけられて弟子となった者は、今後は使徒として、福音を宣べ伝えなければなりません。その時には迫害を受けることを、弟子たちに予告されました。キリストの弟子は、神からの深い愛をうけながらも、苦難も受けるのです。
主イエスは、自分がユダヤ人の憎しみを受けて十字架に着くべきことを度々語ってこられ、また、弟子たちは実際そのことを見てきましたが、この世の憎悪は、使徒たちにも向けられるのです。僕は主人と同じ責任を負い、主人が迫害されることは、弟子が迫害されることでもあります。生まれつきの人間は、「罪によって、歪曲された世界」であるこの世に属しています。しかし、弟子たちは、主イエスから「あなたがたは、世に属していない。わたしが、あなたがたを世からえらびだした。だから、世はあなた方を憎むのである」と言っておられます。
ヨハネの福音書は、「神とこの世、光と闇の対立」が鋭く描き出されています。使徒としての権能を受けて福音を語る時、この世の人から憎まれるのは、弟子たちが神に従う者であるからです。ヨハネ福音書は全人類に対する広い神の愛を説きながらも、この世については、極めて否定的です。18節-19節では、「世があなたがたを憎む前に、わたしを憎んでいた事を覚えなさい」と言っておられます。「あなたがたは世に属していない。わたしが、あなたがたを世から選び出した。だから、世はあなたがたを憎むのである」とも言っておられます。事実洗礼をうけて、クリスチャンとなった者は、自分の希望ではなく、神から選ばれたと言う体験を持っています。
そして、父や母からの反対を受ける者もいます。
しかし、15:5に「わたしはぶどうの木、あなたがたがたはその枝である。人がわたしに繋がっており、わたしも、その人に繋がっていれば、その人は豊かに実を結ぶ」と書いてあるように、私たちは、何者にもまさる、豊かな実を結ぶことができると言う喜びと希望を持っています。もし、神様を信じていなかったら、このようなことは出来なかっただろう、と思えることもできるようになり、家族から喜ばれ、信頼されることも経験します。それは、自分の隣人である家族を愛し、親身になって、家族の為にも労するからです。
そして、「人々から理由もなく憎まれる。」という経験もします。使徒とされた弟子たちは、キリストが昇天して、神の右の座に着かれた時、神のもとから真理の霊である聖霊が来て、キリストについて証しをする者とされるのです。だから、苦難や恐れは無くなり、主イエスとはどのような方かを、証しすることが出来るようになるのです。わたしたちは、この世で望みもなく、希望も見いだせない人々に、「ここに、生きる意味があるのです。ここに、苦難の多い人生にも、安らぎと生きる希望があるのです。」と伝えることができたら幸いです。

祈り
父なる神さま、私たちは、コロナウィルスの感染の恐怖の中で、部屋に閉じこもり自粛の生活を経験しています。そして、苦しみに負けない心、苦しんでいる人を励ます行いや、言葉を、沢山みることが出来ました。感謝いたします。神に似せて創られた私たちですから、本来の優しさと愛を持って互いに愛し合う者とさせて下さい。地上に平和が来ますように。
イエスさまの御名によって祈ります。アーメン

 

説教要旨(5月10日のために)