2026年8月23日礼拝 説教要旨
見張りのやぐらを立て(マルコ12:1~12)
松田聖一牧師
海水浴に行かれたことは、おありになるでしょうか?長野県からですと、新潟県か、静岡か、あるいは愛知県に出かけられることになるでしょうか?いずれにしても、海水浴場として開かれているところには、必ず、見張り台があって、見張りをする人がいます。その人は、見張り台の上に座って、じっと、静かに海で泳いでいる人たちを、見ています。バタバタ動いていません。じっと静かに、いるかいないか、くらいの雰囲気を醸し出しながら、帽子をかぶり、サングラスをかけて、見ているんです。その時、海水浴客に何かあってはいけないということで、泳いでいる人たちが、遊泳禁止のところで泳いでいないか?海で波にもまれた人はいないか?溺れかけている人はいないか?トラブルが起きていないか?といったことを、じっと静かに見ているんです。そして何かあれば、メガホンで、大きな声で、「そこで泳がない様にしてください!」と叫んだりしますし、あるいは、泳いでいる方々の中で、波にもまれて、溺れそうになっていることを発見すると、すぐさまレスキュー隊に指令を出して、その人を助けに行くということもあります。そういう意味で、海は、川と違う波があったり、離岸流といって、海の中で、外からは見えない波、沖に流れる流れに、飲み込まれて流されてしまうこともあるからこそ、見張り台、見張りのやぐらを、海水浴場に立てて、見張りをするんです。だから海をよく知っている人は、異口同音におっしゃいます。「海は怖いよ~川とはまた違うよ~、波があるから…。吸い込まれるよ~」そう教えてくれたことを思い出します。
そういうやぐら、見張り台は、そこにいる人たちを守るためでもありますし、何かあった時、溺れかけた時には、その見張り台から、指示を出して、その人がしずまないように、水から引き揚げて、助けるという役目も担います。
それは、ある人が立てた見張りのやぐらと、そこで見張るということにも、繋がっています。そこで、そのやぐらを「立てて」とある言葉を見ると、建設の建と言う字で「建てた」ではなくて、立ったり座ったりとか、何かの立場、役割を与えたその人の立場を守り、その人を立てると言う意味で使われる「立てた」という言葉になっているんです。そして、そのやぐらを立てたある人は、やぐらの他にも、ぶどう園に、垣を巡らし、収穫されるぶどうを搾るために、搾り場も掘り、そしてしぼったぶどうで、ぶどう酒を作れるようにしていくんです。その上で、ぶどう園のすべてを守るために、見張り役を立てていくということなんです。もう一つのことは、「収穫の時まで」とある言葉から言えます。というのは、ぶどう園を作って、何もかも整えたら、すぐにぶどうが収穫できるわけではありません。だから、収穫までの間、農夫たちの生活も守らないといけません。それは今でいう給与の保証であり、農夫たちが、ちゃんと食べて、生活していけるように、農夫たちを守っていくと言う意味でも、見張りのやぐらがあるんです。
ただ、そのやぐらに誰がいるのか?誰が見張りをしているか?については、イエスさまは何もおっしゃっていません。だから誰がそこに座り、誰が見張っているのか?誰が守ろうとしているのかは、分かりませんが、しかしそういう中で「ある人は」何かあった時にはすぐに対応できるように、またやぐらがやぐらとしての役割をしっかりと果たすことができるように、そこに見張りのやぐらを立てているんです。
このやぐらの役割は、防犯カメラの役割と似ています。今、いろんなところに防犯カメラが設置されていますが、カメラを通して、いろんなものが見えていますし、見られています。何日の何時何分に、どこに誰が来たのかとか、どんなことがあったのかとか、何をしたのかといったことが、全部記録されています。では、それを誰が見るのか?というと、警備会社の方であったり、担当の方だったり、あるいは誰も見てはいないけれども、何かあった時には、録画されているものが、必ず見れるように、また確かめられるようにもしています。いずれにしても、誰が見たのか、誰が見張り、誰が守ろうとしているのかは、分からなくても、そのカメラがあるというだけで、オーバーに言えば、ちゃんと見張っているぞ~というメッセージにもなります。
ということは、見張りのやぐらが、そこにあることによって、見張り役が誰であっても、ぶどう園の収穫を受け取るために、僕を農夫たちのところへ送ったことも、また僕を、「農夫たちは、この僕を捕まえて袋だたきにし、何も持たせないで帰した」ことも、「そこでまた他の僕を送ったが、農夫たちはその頭を殴り、侮辱した」ことも、「更に、もう一人を送ったが、今度は殺した」ことも、「そのほかに多くの僕を送ったが、ある者は殴られ、ある者は殺された」ことも、「まだ一人、愛する息子がいて、『わたしの息子なら敬ってくれるだろう』と言って、最後に息子を送った」ことも、そしてその息子について「農夫たちは話し合った。『これは跡取りだ。さあ、殺してしまおう。そうすれば、相続財産は我々のものになる』ということも、「そして、息子を捕まえて殺し、ぶどう園の外にほうり出してしまった」ことも、その見張りのやぐらから、見られているんです。
では、誰が見ているのでしょうか?それは、ぶどう園をつくられた、ぶどう園の主人である神さまです。神さまは、神さまの前で起こっていることすべてを見ておられます。それは見えるものだけではなくて、見えない所にある、気持ちとか、何かに覆われて見えなくなっているものも、全部見て、見張り、見守り、何かあったらすぐに動けるようにしておられるんです。それが、このぶどう園で起きた一連の出来事につながる、欲望から始まる、余りにも残酷で、悲惨で、目を覆いたくなるようなこと、またこれらのことが、農夫と言う人の、収穫を受け取らせまいという思い、捕まえて袋叩きにしよう、頭を殴ろう、侮辱しよう、殺そうという動機にも及んでいるんです。
そんな、農夫たちの動機や行動と私たちとの関係はどうでしょうか?
ある家庭集会に昭和一桁生まれの方々が参加されていました。当時60代。まだまだお元気な頃でしたので、礼拝が終わって、お茶の時間になりますと、毎回戦時中の話題で大変盛り上がりました。それぞれの方々が、自分の戦争体験を、次から次へと話されるんです。ある方は、少年兵として訓練を受けていた時のことをこうおっしゃいました。「先輩の兵士から、よく殴られた!殴られたところが、こんなに腫れあがってしまった~」とか、「特攻隊で出撃する時には、ヒロポンを打つんや~」と言われたことも、です。その時、私にとってはヒロポンというのは初めてでしたので、「ヒロポンって何ですか?」と尋ねましたら、「ヒロポンや麻薬や~そういうものを打たないと、とてもじゃないけれど、出撃なんかできしません!」「テレビなどで、カッコよく出撃する様子が出てますけどな、そんなものじゃない!普通の精神状態ではできやしません!だからヒロポンを打つんや!」とか、戦時中のお米の供出の話になった時、供出を経験された農家の方に、一緒に参加されていた別の方がこうおっしゃいました。「お米を作っておられたから、お米には困りはしませんでしたやろ?」その時、農家の方は、烈火のごとくに「そんなことはない!次の年に植えるお米しか残らんかった!自分たちの食べるお米も、供出させられた~農家でもコメは食べられなかった!」ものすごい勢いでおっしゃいました。その他、紀元2600年の歌を歌ったことや、いろんな話に花が咲いて、それが延々2時間以上続くこともしばしばで、畳の部屋で座って聞いていますと、だんだん足がしびれてくるんです。それで足をあっちに、こっちに動かしながら、ようやく終わって立ち上がろうとしたら、立てなくなって、格好の悪いことにもなったりと、いろいろありましたが、今となっては、貴重な体験を伺う機会だったと思います。
そんな人を殴る、傷つける、そして殺してしまうという出来事が、歴史の中に確かにあったということは、その歴史の中で、人が起こし、人同士で本当にしてしまったことが、あったということであり、歴史が続く限り同じことは繰り返されていく、ということです。そういう意味で、人間は昔も今も変わることなく、時と場合によって、人が人に対して、無茶苦茶なことをやってしまうこと、お互いに人を物のように扱ってしまうことが、歴史の中で、起こり得るんです。
だから農夫たちの姿というのは、どこか別世界のことではありません。誰もが、農夫たちと同じになってしまう可能性を持っているんです。その姿を神さまは見ておられるんです。であるからこそ、ぶどう園に送った最初の僕から、ひどい目に遭わせた農夫たちを、そのまま放っておくのではなくて、すぐにやめさせなければいけないのではないでしょうか?それなのに、ここに出て来る主人は、どうしてそのままにしているのでしょうか?どうして止めようとしないのでしょうか?最初に事が起きた時、その場で、農夫たちを捕まえ、自分が当然受けるべき収穫を渡さなかった僕を、厳しく罰したら、悲惨な出来事が、そこで食い止められるんです。ところが主人は、「そこでまた、他の僕を送った」結果、最初の時よりもエスカレートしてしまい、次に送った僕を「今度は殺した」とある通り、農夫たちは、僕の命を奪ってしまうんです。それでは今度こそ、農夫たちを処罰するのかというと、何もしないんです。それどころか、「そのほかに多くの僕を送」るんですが、結果は、「ある者は殴られ、ある者は殺された」と、多く送った僕たちに、農夫たちはとんでもないことをするんです。それでも農夫たちの行動を、やめさせようとはしないどころか、「まだ一人、愛する息子がいた。『わたしの息子なら敬ってくれるだろう』と言って、最後に息子を送った。」時にも、農夫たちは、「これは跡取りだ。さあ、殺してしまおう。そうすれば、相続財産は我々のものになる」と話し合いの上、息子を捕まえて殺し、ぶどう園の外にほうり出してしまった、という悲惨な結末となってしまうんです。
こんな出来事が起こっているのに、「さて、このぶどう園の主人は、どうするだろうか。」とイエスさまがおっしゃる意味は、主人が農夫たちに対して、どうしたらいいか?ではなくて、僕たちや一人息子に対してとんでもないことをした農夫たちに対して、必ず何かをするということなんです。それが「戻って来て農夫たちを殺し、ぶどう園をほかの人たちに与えるに違いない」必ず与えるということなんですが、そうなる前に、農夫たちの蛮行をとめようとすれば、止められたんです。それなのに、ずるずると引きずってしまい、その結果、主人にとっての愛する一人息子が殺され、ぶどう園の外にほうり出されてしまうんです。その時初めて、イエスさまは、主人は戻って来て農夫たちを殺し、ぶどう園をほかの人たちに与えるに違いない、必ずそうするとおっしゃられるんですが、それをこの時、実際にしたとはおっしゃっていないんです。ますます不思議です。ここまで被害が拡大し、命が奪われるような出来事に発展してしまったのに、どうしてすぐに手を打たなかったのか?どうしてそのまま放っておいたのか?その疑問がぬぐえないまま、最終的には、農夫たちを殺し、という結論に至るも、すぐに実行したとは書いていないんです。
それは、主人が戻って来て農夫たちを殺し、にある「殺す」という言葉から見えてきます。というのは、「殺す」というこの言葉は、農夫たちが、僕たちや、一人息子を殺すという言葉とは、違う言葉が使われているからです。しかも、主人が農夫たちを殺すという言葉の意味には、「救うことに失敗する」という意味があるんです。つまり、ぶどう園を1から造り上げた主人は、自分の僕たちや、一人息子に、とんでもないことをし、殺してしまったことへの報復の意味で、農夫たちを殺しと、イエスさまがおっしゃっているのではなくて、そういうことをした農夫たちを、救うことに失敗したと、主人が自分の失敗として、認めて、それを、イエスさまが主人に代わって、おっしゃっているんです。
ということは、逆に言えば、主人にとっては、こんなとんでもないことをした農夫たちを、それでも救い続けたいんです。だから何度も何度も、僕を送り、最後に一人の愛する息子を送ったんです。でも、救うことに失敗したんです。その結果「ぶどう園の外にほうり出してしまった」その農夫たちを指して、聖書の詩編118篇から、イエスさまは、「聖書にこう書いてあるのを読んだことがないのか」と「家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった。これは、主がなさったことで、わたしたちの目には不思議に見える」と言われるんです。
この詩編118篇には、いろんな意味がありますが、その1つには、イエスさまが、十字架にかかられる前、ゲッセマネの園と呼ばれるところで、弟子たちを連れて、そこで神さまに激しく祈られる場面があります。この時、血の汗を流されたと聖書にありますが、汗に血が混じるということは、イエスさまに尋常ではない、大きなストレスがかかっています。それほどに神さまに激しく祈られるんですが、そこに向かって歩いて行かれた時、これからまもなく十字架の上で殺されるという闇に包まれようとする中で、歌われた詩編が、118篇だと言われています。その讃美は、「主に感謝せよ。主はまことに慈しみ深い。その恵みはとこしえまで」に始まりますが、その讃美は、苦しみの中から、神さまが私を呼び求めて下さったので、私は神さまを呼び求め、神さまがしてくださった救いの御業を賛美しながら、神さまが私を正しいものとして見なしてくださり、神さまの聖なるものとしてくださる、義の門から入って、神さまに感謝しようという讃美です。その讃美の中に、「家を建てる者たちの捨てた石、これが隅の親石となった。これは、主がなさったことで、私たちの目には不思議に見える」が続くのは、神さまが救うことに失敗したことと、義の門に向かって進んでいくイエスさまを、義の門と、隅の親石との関係で受け取っていくことなんです。というのは、「隅の親石」とは建物の基礎の石、隅の石という意味と、頂角石(ちょうかく石)という意味もあるんです。この頂角石とは、建物の土台として置かれる石の中の、基礎となる石というよりも、建物の重要なアーチ部分の要石のことなんです。アーチと言うと、建物の門のことです。その門を立てていく中で、最後に積まれてアーチの全ての重量を支えるものが、要石であり、隅の親石です。それが十字架の上で殺されようとして行く中で、賛美した詩編118篇にある「義の門」「主の門」と繋がっていくんです。つまり、神さまの元に、神さまの赦しの中に入ることができる、その入り口である門の、最終工程である、隅の親石は、農夫たちが、僕や、一人息子を殺してしまったという、人間の欲望、罪の結果、ほうり出され、捨てられたその罪を、イエスさまが全部受け取ってくださり、イエスさまが、義の門の最後の要石、隅の親石となってくださったことで、義の門、主の門が完成していくという逆転が起きるんです。逆転ですから、どうして、とかまさか?というものが当然出てきます。罪や、欲望が、人を傷つけ、人に危害を加え、挙句の果てには殺してしまうという、欲望の連鎖がますますエスカレートしていく中で、罪や欲望は捨てなければ、そのまま残りますから、捨てられて当然です。しかしその捨てた罪、罪故のとんでもないことが、どうして義の門の完成となるのか?どう考えても、理屈にあいません。
しかしイエスさまは、どんなに理屈に合わなくても、どんなに人が、とんでもないことをし、犯した罪が、どんなに深くて、ひどいものであったとしても、それらすべての罪を、イエスさまは受けとってくださり、隅の親石となって、義の門を完成させて下さるんです。それは、イエスさまを通して、私たちの罪を、赦したいし、救いたいからです。そのために、十字架の死があり、最後の仕上げの要石が、その門に据えられ、その門全体が支えられた結果、イエスさまの救いの門、義の門が完成するんです。そこから言えること、それはたとい、どんなに罪を犯していたとしても、自分は救われないとどんなに受けとめていたとしても、イエスさまの十字架の赦しを通して、神さまは、救うことに失敗ではなく、救うことに成功するんです。だからこそ誰でも、イエスさまを通して、神さまのもとに、帰ることができるんです。
祈りましょう。
