2025年3月30日礼拝 説教要旨

その日、その時に(マタイ17:1~13)

松田聖一牧師

 

笑点という、日曜日の夕方に放送されている長寿番組があります。ずらっと舞台の上に、落語家の方々が並ばれて、いろいろなお題に、ユーモアたっぷりに答えていかれますが、何年か前に、こんなお題が出され、それへの答えがずらっと並びました。

 

「18才」と「81才」の違い

・道路を暴走するのが18歳、逆走するのが81歳

・心がもろいのが18歳、骨がもろいのが81歳

・偏差値が気になるのが18歳、血圧・血糖値が気になるのが81歳

・受験戦争で戦っているのが18歳、アメリカと戦ったのが81歳

・恋に溺れるのが18歳、風呂で溺れるのが81歳

・まだ何も知らないのが18歳、もう何も覚えていないのが81歳

・東京オリンピックに出たいと思うのが18歳、東京オリンピックまで生きたいと思うのが81歳

・自分探しの旅をしているのが18歳、出掛けたまま分からなくなって皆が探しているのが81歳

・ドキドキが止まらないのが18歳、動悸が止まらないのが81歳

・恋で胸を詰まらせるのが18歳、餅で喉を詰まらせるのが81歳

・早く「二十歳」になりたいと思うのが18歳、できることなら「二十歳」に戻りたいと思うのが81歳

 

これらのことは、18歳の方と81歳の方の、それぞれの違いを、比べながら紹介しているということと、81才の方であれば、同じ81才の方にも、18才の時があったこと、また年齢と共に、いろいろなことが変わっていくということです。では、そのことを喜んで受け取れるのかというと、本当はそうはなりたくない、いつまでも18才のままでいたい、という思いと、18才の時のようには出来ないと言う姿に、自分の思いとは反対に変えさせられた、ということの中で感じるいろいろが、あるのではないでしょうか?だから、この18才と81才の違いを聞いて、なるほどそうだなあと共感していかれるのではないでしょうか?

 

私たちもそうですね。私たちも全員が、いつまでも同じではありません。その年齢も、それに伴って、これまで出来たことが、変わっていくこと、変えさせられていくことが、たとい、どんなにそうはなりたくないと思っても、出てきます。例えば、腰が痛いとか、ひざが痛いと、病院に行かれた方が、その診察で時々こう言われますね。「加齢による」加齢と言われたら、くやしいですね。でも何も言い返せません。その通りだからです。

 

そんな変えさせられていくということが、ペテロ、ヤコブとその兄弟ヨハネの目の前で、イエスさまの姿が変わったと言うことも、そうです。というのは、「イエスの姿が彼らの目の前で変わり」の「変わり」と言うこの言葉の意味は、「変容させる」の、受け身の形ですから、「変容させられる」という意味になります。つまり、イエスさま自らがその姿を変えようとして、変わったというのではなくて、変えさせられた、変容させられた結果、イエスさまの姿が変わり、「顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなった」ということなんです。それはイエスさまが、神さまとしての姿を現されたということなんですが、でも、その姿に変えさせられたということを、イエスさまは、喜んでおられたのかというと、喜びを表すような言葉は、全く見当たらないんです。

 

毎年、イエスさまの変容、姿が変わった、この聖書の御言葉を何度も説き明かすお恵みが、めぐってきますが、その度毎に、イエスさまは神さまとしての姿を現された、そのすごさ、顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなったという、華々しさということに、注目していたように思います。でも、実はそうではないのではないかと思います。この時、変えさせられたことをイエスさまは、どう受け止めておられただろうか?どう感じておられただろうか?そしてイエスさまは、神さまとして、これからまもなく、「エルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受けて殺され」ていくこと、そして「三日目に復活する」ことへと、向かって行かれるのですから、そのことを、変えさせられたということと絡めて受け取る時、イエスさまは、神さまとして、これから受ける苦しみを、喜んで受け止めようとしておられたのではないということにも、気づかされていくのです。

 

その十字架に向かう歩みの中で、イエスさまが神さまであるということが、本当にその通りであると言えるのは、神さまとしての本来の姿が現れた、この時で終わりではなくて、その先にある、苦しみを受けて、十字架の上で殺されて三日目に復活、甦られ、生きておられることが、完成、完了してこそ、神さまとしての姿が完全に現れ、神さまとしての使命、目的を果たしたことになるのではないでしょうか?そういう意味で、3人の弟子たちの前で、姿が変わったということで、使命達成、完了では、まだないんです。

 

そのことを通して、一人の人の生き方、生き様、人生も、それと繋がるのではないでしょうか?というのは、人が人として、その人生を歩み始めるスタートは、おぎゃあと生まれた時からというのは、一般的な受け止めですが、おぎゃあと生まれた、誕生した、その日、その時で、おぎゃあと生まれた、その赤ちゃんの人生は、完了したのかというと、それで完成、終わりではありません。おぎゃあと生まれた、その日から始まるその命を使い、その命が用いられることによって、その人が生きているという証しになっていくのではないでしょうか?そこには時間的に長い、短いがどうとかではなくて、その人が生まれて、その命の終わりの時、死を迎える時まで続きます。では、その死で、もう終わりなのかというと、その死とイエスさまの復活、甦られ、生きておられるということとが、結びついた時、そこから始まる命があるということが現され、それによって、初めて、その人の生きる使命、生きる目的が完成されるということではないでしょうか?

 

その中で、いろんなことがあるんです。「人生いろいろ」という歌がありましたね。その通り、本当にいろいろです。その日、その時、いろいろがあります。人生の長さもいろいろです。そのいろいろの中には、自分の為だけに使おうとして、使っていたこともあったでしょう。また努力を重ね、必死で生きて来たいろいろもあったでしょうし、人から評価してもらおうと、一生懸命に生きて来られたいろいろもあったのではないでしょうか?時には、その一生懸命さが、独りよがりになってしまい、例えば、善意で言ったことが、善意になっていなかったこと、相手のことを思っているつもりが、結局は自分のためだけだったということも、あると思います。また努力してきたのに、結果を出せずに、自分自身が何もできなかったと感じることもあったかもしれませんし、周りからも、何もできなかったと思われてしまうような、生まれて来た意味がどこにあるのか?とさえ、思われるようなこともあったかもしれません。

 

そういうことを、ペテロもしてしまったし、味わっているのではないでしょうか?というのは、弟子たち3人の1人ペテロは、イエスさまが神さまとしての姿を現された時、イエスさまにとっては、変えさせられたということを、よく理解して受け取っていたのかというと、よくわかっていないです。それどころか、ペテロは、自分から口をはさんでイエスさまに、「わたしがここに仮小屋を3つ建てましょう。1つはあなたのため、1つはモーセのため、もう1つはエリヤのためにです」と言うのは、ペテロにとっては、何かして差し上げたいという思いで、そう言ったのでしょうが、イエスさまや、モーセ、エリヤは、ペテロに仮小屋を建ててほしいとは、一言も言っていないんです。その仮小屋、礼拝できる場所に、

自分たちが収まることを願っていたわけでもありません。ところが、ペテロは、それぞれの仮小屋に、イエスさま、モーセ、エリヤをおさめて、いつまでもその光景を見たかったのかもしれませんし、それぞれにおさめられたイエスさま、モーセ、エリヤを神さまとして礼拝しようとしていたのかもしれませんが、いずれにしてもペテロの、わたしが建てましょうと、言っていることが、その通りになってしまえば、イエスさまは、仮小屋に収まってしまいます。となると、それからの十字架の死と復活することへと向かうことができなくなってしまいます。そういう意味で、ペテロの、私が建てましょうというのは、イエスさまにとっては、はっきり言えばはた迷惑と言いますか、邪魔ですし、余計なことです。それでもペテロは、ここにいるのは素晴らしいことですとか、私が建てましょう、と、自分がやりたいこと、自分が思っていることを、しゃべり続けるんです。でも、そもそもと言いますか、イエスさまは、この時、ペテロと話していたのではなくて、モーセ、エリヤと語り合っていましたし、ペテロと語り合おうとは、していないんです。それなのに、ペテロは割って入り、しゃべり続けているんです。

 

そんなペテロを、神さまは責めないんです。余計なことを言っているペテロを排除しないんです。そんなペテロであっても、一緒にいたヤコブ、ヨハネも含めて、「光り輝く雲」神さまの臨在、神さまが共におられるということの印である雲が、彼らを覆い、包むのです。その上で、語り掛ける言葉がこれです。「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け」

 

神さまにとって、イエスさまは、愛する子であり、心に適う者、喜びであること、そしてイエスさまが言われることに聞けと言われるんです。それはペテロも含めた彼らが、イエスさまのおっしゃられることを聞こうとしているから、聞けと言っているのではなくて、聞こうとしていないからです。自分のことばかりしゃべっているからです。だからこそ、これに聞けと神さまはおっしゃられるんです。その上で、私が建てましょうと言った、そのモーセと、エリヤを、そこにいなくさせてくださるんです。その結果、3つ建てる必要がなくなってしまいましたし、私が建てましょうということも、言っただけで終わってしまい、結局は何もできなかったんです。それは、私が、私が建てましょうと言ったペテロの、挫折、私が、というものが打ち砕かれた時でもあったのではないでしょうか?

 

では、私が、私が、と言っていたことが、何もできなかったから、そういうペテロはダメなのか?ペテロがこの場にいたことも、建てましょうと言っていたことも、全く無意味で無駄だったのか?というと、決してそうではありません。たとい、私が、自分が、やろうとしたことが、何もできなかったとしても、結果を何も残せなかったとしても、神さまは、イエスさまに語られた「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け」を、そこにいた彼らにも与えて下さり、イエスさまに聞けという言葉を、神さまは、イエスさまと共に、残してくださるんです。イエスさまはここからいなくなったのではない、それでもともにおられるんです。だからこそ、「これに聞け」イエスさまに聞けという言葉も、イエスさまに聞くと言うことも、彼らが、どんなに何もできなくても、打ち砕かれても、彼らのこれからをも支え続けた言葉となり、私が建てましょう、自分のことばかりから、イエスさまに聞く、イエスさまの言葉に頼る生き方へと変えられていく、始まりとなったのではないでしょうか?

 

たましいのケア「病む人のかたわらに」というタイトルで本を書かれた方が、呼吸の筋肉も含めて、全身麻痺という病気になられて、息をすることも困難になりました。「今晩はどんなことでもするから、とにかく頑張りなさい」と言われ、あと数時間の命かもしれないと宣告された時のことを振り返ってこうおっしゃっていました。

 

私が死を意識したとき、一番最初に頭に浮かんだことは、あれほど一生懸命していた仕事のことではなく、家族一人一人のことでした。私はそれまで好きな仕事を一生懸命やっていたので、自分ではそれなりに充実した毎日だと思っていました。しかし、死に直面して自分自身の人生を振り返ったとき、いったい私の28年の人生の中で、人のために何かしたことがあっただろうか、いや、人のためにという大それたことでなくても、私の一番身近にいる家族に何かできただろうかと考えました。何もしていない、一番身近にいた家族にさえも何もしていない、そう思った時、「絶対このまま死ぬのは嫌だ」と心の中で叫んでいました。それは私にとって意外なことでした。私はクリスチャンホームに育ち、幼児洗礼を受け、中学3年のイースターに信仰告白をしました。ですから、神さまの存在は小さい時から全く疑いを持ったことがありませんでした。そして、一生懸命生きていたら、神さまが天国にいらっしゃいと言って下さって、いつでも天国に行けると、その時までは思っていたのです。

ところが、生と死のぎりぎりの極限状態で思ったことは、絶対このままでは死にたくないということでした。人は日頃、自分はこういう人間だと思っているものですが、実は本当の自分というものを知らないのかもしれない。本当の自分は、生きる意味を真剣に問われた時初めてわかるものかもしれない。。。そう思いました。

もう1つ思ったことは、お金や社会的地位や名誉など目に見えるものや肩書は、死に際しては少しも助けにならない、そしてまたそういったものは極限状態において大切なものにはならないということです。なぜなら、そういったものは天国に持っていけないからです。死に際して天国に持って行けるものは、自分の心の中の豊かさとか、安らかな魂といったものだけではないかと思いました。本当に大切なものは、一見何の役にも立たないように見えるものや、マイナスにしか思えないものの中にあったりするのではないだろうか。。。今までバリバリと仕事をすることが、自分の為にも、社会の為にも役に立つことだと思って、一生懸命働いて来ましたが、実はそのことによって、いつの間にか自己中心的になり、まわりの大切なものを切り捨てていたことに気付かされたのです。

 

この日の夜、息をするのが苦しくなっていく中で、神さまに祈られました。「神さま、もう一度生きるチャンスを与えて下さい。もう一度命が与えられたら、今度は人のために何かしたと言えるような、そして本当に喜んで天国に行けるような、そんな生き方をしたいのです。そして今度こそ喜んで天国に行きたいのです」と泣きながら祈ったその晩に、それまでずっと進行していた麻痺が止まり、翌日、病室の窓から差し込んできた太陽の光を見た時、「ああ、私は生きていられた」と思われたのでした。後にその病が徐々に癒され、大学にもう一度入りなおされ、そして学びを経て、こうおっしゃっていました。「その時私の人生を変えた出来事、そしてそれによって与えられた、病む人のたましいの痛みに関わって生きて行きたいという思いーそれを家族が暖かく支えてくれたこと、そして神さまがこの道を備えていてくださったことに感謝しています。これからの歩みの中で、あの時病床で祈った気持ちをずっと持ち続けたいと思っています。」

 

「神さま、もう一度生きるチャンスを与えて下さい。もう一度命が与えられたら、今度は人のために何かしたと言えるような、そして本当に喜んで天国に行けるような、そんな生き方をしたいのです。そして今度こそ喜んで天国に行きたいのです」

 

神さまは、その時にかなって、私たちに語り掛けて下さいます。その神さまの言葉によって、支えられます。倒れても、壊されても、何もできなくても、神さまの言葉は、なお私たちを立ち上がらせ、前に向かって歩ませてくださいます。だから神さまであるイエスさまに、聞くことができるのです。

 

祈りましょう。

説教要旨(3月30日)その日、その時に(マタイ17:1~13)