2024年12月29日礼拝 説教要旨
キリストに出会うために(マタイ2:1~12)
松田聖一牧師
クリスマスの小さな星という絵本があります。その本のあらすじが、こう紹介されています。
クリスマスの大きな喜びを知らせる役目を言いつかった大きな星は、さまざまな動物たちを導いて、静かに輝きながらベツレヘムへと向かいます。最後尾からついて行く小さな星は、やがて皆の列から遅れ、一人寂しい想いを抱えながら真っ暗な野にひっそりと咲く小さな花と出会い、あるお願いを頼まれました。皆からはぐれ、すっかり悲しい想いに沈んでいた小さな星。はたして小さな花に託された願いをかなえる事はできるのでしょうか?1970年代に出版後、ヨーロッパでも翻訳され、長く版を重ねる息の長いクリスマス絵本。心が温まり、そして優しい気持ちに包まれる聖夜の物語です。
それは、寂しい思いを抱えながら出会った、その小さな星が、小さな花の祈りを、イエスさまのお生まれになった小屋に届けることができたからです。大きな星だけでなく、小さな星もまた用いられて、祈りと共に、イエスさまに届けられるのです。
そんなクリスマスの星というのは、この物語にあるだけではなくて、クリスマスツリーにもありますね。だいたいクリスマスツリーの一番てっぺんには、大きな星がありますね。小さな星も、ツリーに飾られます。また別の絵本でも、劇に飾られて、光るはずだった星が、なぜか点灯しなかったために、急遽、やまあらし坊やが、その代わりを果たすという物語があります。そのように、クリスマスと星というのは、セットですし、クリスマスの星は、救い主イエスさまへと導く星ということも、知られています。
その星が、今日の聖書の御言葉にも出てきます。イエスさまが生まれたことを知らせる星を、占星術の学者たちが、東方で見たことを、エルサレムにやって来て、「わたしたちは東方でその方の星を見た」と言ったとありますが、学者たちが見た、その星の役目について、こんな解説があります。
「この星の役目は、学者たちをまず旅立させること。次に、イエスのおられる家に導くことであった。」
つまり、東方で見た、この星によって、学者たちは、それまで東方で占星術、星の動きを観察し、天文学者としての働きから、生まれた救い主、イエスさまのもとへと旅立させるんです。そうなると、具体的には、学者たちがそれまでしてきた、星を観察し、その星の動きなどによって、その年の天候、農作物の出来具合、また王さまなどから、治めている自分の国の状況など、これからどうなっていくかということを、占う仕事からも、旅立つことになります。その結果、彼らは、仕事ができなくなりますし、収入もなくなります。そしてその旅には、お金がかかりますから、学者たちの懐もどんどん寂しくなります。さらには、東方から、エルサレムへの旅も、安全であるかというと、何千キロもの旅の間に、いつ獣や、追いはぎ、強盗に襲われるかもしれません。その結果、イエスさまに出会えるのか、というと、何の確証もないんです。具体的に、どこにおられるのかも、何も分からないんです。それでも、その星によって、彼らは、旅に出るように導かれるんです。
私たちにとっても、これからどうなっていくのか?何があるのか?分からない中で、一歩踏み出すというのは、本当に勇気がいりますね。新しい会堂を建てるということもそうだったと思います。何もない中で、前に向かって踏み出さなければならない時がありました。それは強いられて、踏み出さざるを得ないことであったと思います。しかし、その中で、土地が与えられ、その土地に入れる、土が、下水道工事で出た土を入れさせてほしいというリクエストによって、ただで与えられていきました。教会としても、バザーを始めることになったのですが、その最初のきっかけは、このしおりだったと伺いました。前島密の揮毫を縮小して、しおりにして、それを教区総会、婦人研修会など、折々に売ることになりました。そういう意味でも、前島密さんには、頭が上がらないと言いますか、教会にそういうお宝があるということは、感謝なことですね。その他にも、いつ建つんだ~と待っていてくださったご近所の方々を始め、いろいろな方が、いつ建つんだろう?と気にかけてくださっていたことが、後から分かって来たことでした。でもそれは後から分かることであって、前に向かって、動き出す時には、何が起こっているのか?これからどうなっていくのか?誰にも分かりません。それでも、そういう分からないことばかりの中で、とにかく、前に向かって、ひたすら進むしかない時には、進んでいかなければなりませんから、後ろを振り返る余裕もないと思います。
そんなあれこれを経ながら、何かが形になったと感じた時、また後ろを振り返る余裕が生まれるようになった時、何もわからない中で出発した、その道の至る所で、神さまが、こっちだ、あっちだと導いて下さっていたこと、あのこともそうだった、このこともそうだった、ということに、気づかせられていくんです。そこに、神さまが与えて下さった星が与えられているんです。そして、その星によって、一歩一歩、前に向かって旅立たせてくださり、神さまが、その道を開いて下さっていたということに、気づかせてくださるのではないでしょうか?
それでもなお、旅の途中は、揺れ動くものです。本当にこれで良かったのか?と、具体的に、これで良かったんだと思える、何かが見えてこないと、人は不安になります。学者たちもそうです。エルサレムまで来ることができても、彼らの占星術、星を観察し、観測するという、その専門性をもってしても、救い主イエスさまが、どこにおられるかが、分かりませんでした。だからこそ、「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか」と、尋ねるのです。それは、学者の立場で、分からないと、認めて、受け入れていることでもあります。分からないということを、認めることは、勇気がいると思います。しかし、分からないということを受け入れることで、ようやくイエスさまがおられる場所、どこにおられますかという、問いに「ユダヤのベツレヘムです」イエスさまが、ベツレヘムで生まれたという答えが与えられるんです。
ではその答えは、どのようにして与えられていくのか、何が用いられていくのかというと、ヘロデ王の、エルサレムの人々の、民の祭司長、律法学者たちの、かきむしられるほどの、狼狽するほどの不安です。その不安の内容は、学者たちとは違います。それは自分たちの立場、地位がどうなっていくのか?という不安です。しかし、その不安があったからこそ、その動機は様々であっても、聖書の言葉、神さまの言葉に、向かい、聖書の言葉に、その答えを求めていくんです。
それは人として、健全なことです。なぜかと言うと、私たちも含めて、すべての人は、すべてのものと共に、神さまの言葉によって、生きる者となっているからです。ということは、神さまの言葉、神さまのいのちのことばがなければ、自分のいのちを支えるものを、失ってしまっているということではないでしょうか?たとえて言えば、それまで土に植えられていた、野菜が、土から掘り出されて、水も何もない中で、そのままに置いておかれることと似ています。しばらくは生きているでしょう。しかし、そのままにしておいたら、やがて枯れてしまうことと同じです。
神さまのことばに、答えを求めていくこと、それは、学者たちだけではなくて、ヘロデ王、人々、祭司長、律法学者たちもそうです。そういう意味で、どこにおられますかと、自分自身がどこに向かっていけばいいのかを、捜し求めていく、その問いは、学者たちだけではなくて、ヘロデ王、人々、祭司長、律法学者たちの問いでもあるんです。そこに神さまの言葉が与えられた時、これまで培った学問、専門性、与えられた立場、地位、そしてその立場や地位によって与えられている、賜物、持てるものもまた、神さまのために用いられ、イエスさまがユダヤ人だけの救い主ではなく、すべての人々の救い主であること、私にとってもイエスさまは救い主だ、ということへと、導かれていくんです。
大阪に枚方という町があります。そこにYMCAがありまして、その場所を会場に、聖書研究会を開いていた時期がありました。その中に、お一人、京都大学の研究所に勤めておられ、退官された方がいらっしゃり、その方も含めて、何人かの方々と聖書について、研究をするという機会を持っておりました。そんな中で、丁度クリスマスが近づいた頃のことです。クリスマスに一度教会にいらっしゃってはいかでしょう?とお誘いしましたら、行く行くと、お出で下さいました。そして、礼拝の後、祝会の時に、せっかくですので、ひと言どうぞとマイクを向けた時、こうおっしゃいました。「僕は学者として、いろいろと研究をしてきました。学者は、あるものについては、それが、どんな成分であるか、どんな効果があるかを、調べることができます。しかし、そのあるものが、どうしてそこにあるのかについては、調べることができません。分かりません。それは神にしか分からないんです。」そうおっしゃりながら、すごくうれしそうでした。神さまにしか、分からないものがあるということが、分かった喜び、そしてその分からないことを、聖書の言葉に、求めていける喜びに、あふれていました。
分からないということは、誰にもあります。分からないことが、いけないのではありません。しかし、私たちにとって、分からないということを、分からないと受け入れられずに、分かったような顔をすることがあるのではないでしょうか?でも、分かっていないものは、分かっていないんです。だからこそ、神さまは、聖書の言葉、神さまの言葉を通して、分からないということを、受け入れられるようにしてくださいます。そして分からないということから、何かが見えて、何かが開かれていきます。そして、神さまの言葉と共に、神さまの言葉に導かれながら、クリスマスに生まれたイエスさまは、私にとっての、救い主だという出会いが、与えられていくのです。
学者たちも、星に導かれて、エルサレムに来ました。しかし、その星の観察、観測、だけでは、救い主イエスさまには、出会うことができませんでした。彼らの能力を超えていました。自分たちの力では分かりませんでした。だからこそ、神さまの言葉によって、神さまの約束によって、イエスさまが、ここにおられる!と分かった時、それまで彼らを導いた星が、また先立って進み、その星を見て、喜びにあふれたのです。そしてイエスさまに出会った後、自分たちの国へ帰って行った時、それはイエスさまに出会う前に、通った道とは別の道になっていました。それによって、ヘロデから守られただけではなくて、彼らが帰って行った、その別の道は、彼らがこれまで生きてきた、占星術、星を占うという生業、星を占うことで生計を立てていた生き方から、救い主イエスさまが、私のために、生まれてくださったこと、そのイエスさまが、神さまの約束であり、神さまの約束の言葉と共にあったことを知った喜びに満たされた、全く別の生き方になっていたことでしょう。そういう意味でも、帰りの道は、行きの道とは全く違ったものとなっていたのではないでしょうか?
貧乏旅行というタイトルで、お若い時に、一人旅をされた方が、心温まる出会いと出来事を、次のようにおっしゃっていました。
学生時代、貧乏旅行をした。
帰途、寝台列車の切符を買ったら、残金が80円!
もう丸一日以上何も食べていない。
家に着くのは約36時間後…。
空腹をどうやり過ごすか考えつつ、
駅のホームでしょんぼりしていた。
すると、見知らぬお婆さんが心配そうな表情で
声を掛けてくれた。
わけを話すと、持っていた茹で卵を2個分けてくれた。
さらに、私のポケットに千円札をねじ込もうとする。
さすがにそれは遠慮しようと思ったが、お婆さん曰く、
「あなたが大人になって、同じ境遇の若者を見たら
手を差し伸べてあげなさい。社会ってそういうものよ」
私は感極まって泣いてしまった。
お婆さんと別れて列車に乗り込むと、
同じボックスにはお爺さんが。
最近産まれた初孫のことを詠(うた)った自作の和歌集を
携えて遊びに行くという。
ホチキスで留めただけの冊子だったので、
あり合わせの糸を撚(よ)って紐を作り、
和綴じにしてあげた。
ただそれだけなんだが、お爺さんは座席の上に
正座してぴったりと手をつき、
まだ21歳(当時)の私に深々と頭を下げた。
「あなたの心づくしは生涯忘れない。孫も果報者だ。
物でお礼に代えられるとは思わないが、気は心だ。
せめて弁当くらいは出させて欲しい。
どうか無礼と思わんで下さい」
恐縮したが、こちらの心まで温かくなった。
結局、車中で2度も最上級の弁当をご馳走になり、
駅でお婆さんに貰ったお金は遣わずじまいだった。
何か有意義なことに遣おうと思いつつ、
その千円札は14年後の今もまだ手元にある。
こういう人たちと触れ合うことができた私は
物凄く幸運だ。
自分も困ってる人がいたら同じように
助けたいと思った。
行きと帰りでは、全く別の道になっていました。それは物理的に、別の路線を使ったと言う意味ではなくて、生き方が全く違う道になっていました。救い主イエスさまに出会った時、人は、これまでの生き方から、新しい別の道を歩む生き方へと導かれていきます。
祈りましょう。