教会とはこんな所です
伊那坂下教会です  教会では毎週日曜日の朝、幼い子供から大人まで共に集まり、天地万物 の創造主(イエス・キリストの父なる神)を礼拝しています。礼拝堂で讃 美歌を歌い、祈り、聖書の言葉とその説き明かしを聞くことを通して、創 造主のいのちとその御働きを受けることができます。
この世界と、わたしたち人間、そして他の全てのものを創造なさった御 方を認め、礼拝するとき、心の内に吹き荒れていた嵐は静まり、心の暗闇 に光が差し込みます。礼拝によって創造主の慈しみと喜びを受け止めてゆ くことで、人間本来の姿が一人一人の中に回復されていくのです。
東洋の一番西の端に生まれた教会は2,000年の間、絶えることなく礼 拝を続け、この「創造主のいのち」を経験し、受け継いで、世界中に広が りました。老若男女、職業、国籍、家柄、容姿の違いに関わらず、教会の 礼拝は、全ての造られた者に、またこれを読んでおられるあなたに向かっ て開かれています。

聖書の言葉 
求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つ かる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求める者は 受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。
[新約聖書]ルカによる福音書11章9節~10節

主の祈り
天にまします我らの父よ。ねがわくは御名をあがめさせたまえ。御国 を来たらせたまえ。みこころの天になるごとく、地にもならせたまえ。 我らの日用の糧を今日もあたえたまえ。我らに罪をおかす者をわれらが ゆるすごとく、我らの罪をもゆるしたまえ。われらをこころみにあわせ ず、悪より救い出したまえ。国と力と栄えとは、限りなく汝のものなれ ばなり。 アーメン。

私たちの教会の歩み
伊那坂下教会は、伊那市における最初のプロテスタント教会として1884年(明治17年)6月24日に 「伊那美以教会」の名称で10名の信徒によって誕生しました。その後、1887年(明治20年)に現在地に教会堂を新築し、 1907年(明治40年)には日本メソジスト教会が設立されたのを機に「日本メソジスト伊那教会」と改称しました。 更にその後、1941年(昭和16年)6月24日、「日本キリスト教団」の成立に伴い、 本教会は「日本キリスト教団伊那坂下教会」と再度改称して現在に至っています。  創立以来、実に120余年にわたって地域にキリスト教伝道の活動を行なってきた歴史ある教会なのです。
前島密氏が、聖書の一節を揮毫されたものです
右の写真は、私たちの教会堂の 集会室に掲げられている扁額です が、この書は、わが国における郵 便制度の創設者であり、初代の逓 信大臣でもあった、1円切手の肖 像画でお馴染みの前島密氏が、聖 書の一節を揮毫されたものです。 教会に残る記録では、明治20 年のクリスマス頃に当教会に来ら れて書いていただいたとの事です。

現在地は、昔は市街地の中心部 に位置していたこともあり、周辺 住民の方々の深い理解のもと、教 会として地域の交わりの中に溶け 込んでまいりましたが、昨今の車 社会を考えるとき、より広い地域の方々にも容易に教会へと来ていただけ、多くの方々に心の安らぎと平安が 与えられる教会へと脱皮すべく、立地条件も含めた教会のあるべき姿を模索しつつ、日々祈りながら伝道活動を行なっております。

異なる福音について
私たちの教会は、「日本キリスト教団」に所属し、全国の歴史と伝統をも つ多くのプロテスタント教会と親しい関係をもった教会です。
私たちの「日本キリスト教団」は、1941年6月に当時のプロテスタ ント34教派が合同して成立しました。その後1969年に「沖縄キリス ト教団」と合同し、現在全国17教区、教会数約1,700、信徒数約20数万余、牧師数約2,000人を有する、日本プロテスタント教会で最も大 きい教団です。
しかし、私たちの身近には、「聖書」が語る本来のキリスト教とは異なる 教えを説き、しかも歴史あるキリスト教であるかのように人々に呼びかけ ておられる団体もあり、何も知らない人達の中には、どれも同じキリスト 教だと思っておられる場合がありますが、私たちの教会とは全く関係あり ません。
これらの団体の中には、私たちのキリスト教とは異なる独自の経典を有 しているものや、教えの中に「聖書」の片寄った解釈を取り入れているも の、霊感商法による物品販売や募金活動等も行なっている団体等があり、 これらは私たちのキリスト教とは全く異なる新興宗教です。

伊那坂下教会のホームページのマークや週報などに使われている絵には、2匹の魚の他に○が五つ描かれていますね。実は、この○は、5つのパンを現したものです。もし聖書をお持ちでしたら新約聖書の「マタイによる福音書14章」を開いてお読み下さい。大勢の群集が、人里離れた場所に退かれたイエスの後を追って、話を聞こうと集まっていましたが、夕暮れになったので、「それぞれ村へ行って食べ物を買い求めるように、群衆を解散させてください」と弟子たちがイエスに願いました。するとイエスは「行かせる事はない。あなた方が彼らに食べる物を与えなさい」と言われます。「ここにはパン5つと魚2匹しかありません」と答えると、それを持ってこさせ、それらを取って、天を仰ぎ、賛美の祈りを唱え、それらを裂いて、弟子たちに渡された。それを群衆に配ったところ、女と子供を別にして、男5千人ほどが満腹し、残ったパンの屑を集めると、12の籠いっぱいになった。という奇跡の話が書かれています。

左記の絵は、この話から、5つのパンと2匹の魚をモチーフにして描かれた図案を図案集から拝借して採用しているものです。