2026年6月7日礼拝 説教要旨
家族のいやしから(マルコ1:29~39)
松田聖一牧師
グードイ先生という宣教師が、三重県に来られて、津と松阪で伝道を始めました。皆さんからも慕われて、宣教師として、大きな働きをされ、引退後はノルウェーのオスロと言う町で過ごされていましたが、神さまの許に召された後、何年かして、その先生のお墓に、日本から何人かの方が、訪ねた時のことでした。その時、グードイ先生の息子さんも同行され、お墓で讃美歌を歌い、祈りのひと時を持った後、息子さんがこうおっしゃったのでした。「私は今まで、父を日本に取られたと思っていました。でも、こうして皆さんが来てくださったことで、私は初めて、父のことを理解することができます。」息子さんにとって、宣教師として働いていたお父さんは、日本に取られた父親でした。きっと大変な思いをしたことでしょう。寂しい思いもたくさんしたことでしょう。でも父親が天に召された後、父親は日本に取られたのではない、ということを、やっと理解することが出来ますとおっしゃられた、その言葉には重いものがあります。
そう言うことが、日本に遣わされた宣教師とその家族には、大なり小なりあるんです。それは宣教師を巡っての負の側面、影の部分でもあるでしょう。それは、これまでなかなか紹介されてこなかったことでもあります。しかし、そういうことが、イエスさまに従い、イエスさまを伝えようとして働かれたたくさんの方々の中に、存在しています。
そういう視点で、漁師としての仕事、網を捨てて、イエスさまに従ったシモン、アンデレ、ヤコブ、ヨハネと、捨てられ、残された家族といったこととの関係を見る時、同じことがあるのではないでしょうか?というのは、彼らがイエスさまに従った時、これまでしていた漁師としての働きを捨て、残していったことで、シモンの奥さん、とそのお母さん、ヤコブとヨハネの父親ゼベダイ、雇い人たちといったことが、捨てられ、残されていくからです。確かにこの時、シモンたちは、イエスさまに従おうとする一途な思いでいますし、これまでしてきた漁師としての仕事、自分の家族を捨て、残すに当たっては、断腸の思いであったことでしょう。しかしそうであっても、イエスさまに従う人たちと、それによって捨てられ、残された側の人たちにとは、立場も、その時の気持ちも全然違います。彼らが、イエスさまに従うということを、ハイ分かりましたと、すんなり受け入れられるものではありません。
その1人、シモンの奥さんの母親にとっては、シモンがイエスさまに従った時、網や漁師としての仕事だけでなくて、自分の娘も捨てられたんです。ですから、そんなことを娘にしたシモンを、到底受け入れられるものではありません。母親として、とても思えません。それはイエスさまに対してもそうです。いろんな気持ちがあったと思います。なぜ娘の主人を、娘から奪うのか?そこまでしなくても、いいじゃないか?残された娘たちの生活はどうなるのか?どうするつもりなのか?そんなことを思えば思うほど、イエスさまに対しても、怒りや、恨みも出て来るのではないでしょうか?
そのことで、大きな重荷、ストレスとなり、心労も重なったのでしょうか?「熱を出して寝ていた」すなわち、火を噴くような熱、高熱のために、寝込んでしまい、瀕死の状態にまで、なっていくんです。
そういう意味で、イエスさまに従ったシモン、アンデレ、ヤコブ、ヨハネについて、イエスさまに何もかも捨てて従ったという、そのことだけを取り出して、何もかも捨てた弟子たちは凄いとか、イエスさまに従うというのは、ここまでしなければダメだといった、美談には出来ないと思います。なぜならば、捨て、残したということによって、捨てられ、残されたという事実も、見過ごしてはいけないからです。
そういう中で、「すぐに、一行は会堂を出て、シモンとアンデレの家に行った。ヤコブとヨハネも一緒であった。」イエスさまは、すぐにシモンとアンデレ、ヤコブ、ヨハネも一緒に、シモンとアンデレの家に行ったとありますが、この時、シモンは、簡単に行くことができたのか?というと、そうではなかったと思います。難しいことだったのではないでしょうか?
それは、自分が、シモンの奥さんも、しゅうとめも一度捨ててしまったということ、仕事も投げ出してしまったこと、そのことを、残され、捨てられた家族が、どう思っているのか?がシモンにも迫っていたからです。そしてシモンのしゅうとめが、高熱で伏している、火を噴くような熱を出して寝ていたのも、自分のせいではないか?自分が捨ててしまったために、そうなってしまったのではないか?と、自分を責めるような思いにもなったことでしょう。それゆえに、その家に、もう一度行くというのは、勇気もいったことでしょうし、なかなか足を向けることが出来なかったと思います。それはイエスさまも同じです。「わたしに従ってきなさい。」と呼びかけ、シモン達を弟子として召した、自分がどう思われているか?シモンたちに、それまでの仕事や、家族といったものを捨てさせ、残させていくことに対する、捨てられ、残された側の思いは、イエスさまにも、手に取るように分かっていたことでしょう。そういう意味で、イエスさまにとっても、シモンとアンデレの家に、もう一度行くというのは、並大抵のことではありません。それでも、イエスさまは、シモンたちと一緒に、もう一度その家に一緒に行くんです。その目的は、熱を出して寝ていたしゅうとめを、癒すためです。命を守り、命を支え、命を救うためです。そのために、一度しゅうとめを捨てたとしても、その捨てたところに、シモンたちを連れて行くんです。
私たちにとっても、いろいろなことで捨て、残したこと、もの、人、何かの関係はあるのではないでしょうか?その時、もうそこに二度と戻らないと固く決意したことでしょう。しかし、イエスさまは、その捨て、残したところに、私たちと一緒に、私たちを連れて、もう一度、行って下さるんです。もう一度戻ってくださるんです。
その結果、イエスさまは、しゅうとめのそばに行き、「手を取って起こされると」イエスさまは、まず、しゅうとめの手を取って起こされるのですが、この時、まだしゅうとめは高熱で寝ている状態です。まだ治っていません。癒されていません。それなのに、手を取って起こされるというのは、結構乱暴に見えます。
このやり方は、ちょっとリハビリと似ているところがあると思います。以前は、入院して手術などを経た方には、安静にすると言う方法でした。もちろん安静にしなければならない場合もありますが、今は、治療とか手術などが完了すると、じっとさせてくれません。早速動け動けですね。じっとさせてはくれません。していたら、余計に治らなくなるから、元気にするために、動かしていきます。でも動かされた方にとって、まだ痛みなどが残っていても、痛い痛いと言っても、それでも、動け動けです。だから人によっては、痛いのを我慢しながらも、動いて行かれる方もあります。しかし結果からすれば、動かすことによって、治りが早まります。だんだんと力がついて来ます。
イエスさまが、まだ熱のある彼女の手を取って起こされるというのは、そういう面もあるのではないでしょうか?しかも、手を取って起こされるには、目を覚まさせ、復活させると言う意味も、あるんです。つまり、しゅうとめの手を取って起こされたのは、死に直面したしゅうとめを、死に打ち勝ち、神さまと共にある命を与え、その命に生かされ、神さまと共に、もう一度生きることが出来る命を、与えようとしておられるということなんです。そのためにイエスさまは、彼女のそばにいて、その手をしっかりととらえて、つかまえていてくださるんです。
その結果、熱は去り、癒された彼女は、「一同をもてなした」凄い早い回復ですね。しかももうそれで、ああよかったで、終わりません。しゅうとめに、自分を捨て、娘を捨て、生活を捨てたシモン、アンデレも含めて、弟子たち4人とイエスさまを、受け入れ、もてなしたい、という思いが与えられ、もてなすしゅうとめに変えられていくんです。
それは、しゅうとめだけに終わりません。しゅうとめが癒された後、今度は、人々が「病人や悪霊に取りつかれた者を皆、イエスのもとに連れて来た」イエスさまのもとに、どんどん人を連れて来るようになり、イエスさまのもとに、どんどん人が集まってくるようになるんです。そしてそのままイエスさまは、たくさんの人々を続けて癒されるのかというと、そこから退かれて、神さまに祈っておられるんです。それは人々を拒もうとしているのではなく、もういやすことはやめるということではなくて、人々から求められるままに、そのままずっと突き進んでいくのではなくて、神さまとの祈りの時を大切にするためなんです。
神さまとの祈りの時を持つこと、これは私たちにとっても大切なことです。特に、勢いがある時、その勢いに任せて、そのまま突き進もうとしてしまいます。が、そういう時にこそ、一旦、そこから退いて、神さまとの祈りの時、神さまが何を求めているのかを、聴こうとすることは、必要です。なぜならば、勢いに任せて、そのまま突き進んでしまうと、その勢いに、自分自身が巻き込まれて、ブレーキが効かなくなってしまい、自分が何をすればいいのか?何が大切なことなのかが、分からなくなってしまうことがあるからです。
だからこそイエスさまは、大勢集まった人々を癒し続けるのではなくて、一旦退かれるんです。でもそれで終わりではありません。シモンとその仲間はイエスの後を追い、見つけると「みんなが捜しています」大勢の人々が、イエスさまを求めて、捜していることを知らされた時、捜している人々のところにではなくて、「近くのほかの町や村へ行こう。」これまでと同じところに留まることから、別の方向に、新しい方向に向かって進もうとされるんです。その方向は、遠く離れたところではありません。「近く」です。身近なところです。その身近なところに一緒に行こうじゃないか!です。
その近くには何があるのかというと、その近くの他の町や村という意味には、城壁を持つところと、城壁を持たないところという意味もありますから、城壁を持つ町であれば、その町に入るためには、門を通って、あるいはその城壁、壁を乗り越えなければなりません。そのために、イエスさまが一緒に行こうじゃないかと言われても、城壁、壁の前で中に入るのを諦めてしまうことがあるかもしれません。一方で壁がない村であれば、物理的には、そのまま入っていけます。ところが、壁がないのに入っていけない時もあるのではないでしょうか?それは、その壁を、自分が自分の中に作ってしまうからです。しかし、イエスさまは、その壁が、どんなに大きくても、どんなに頑丈に出来ていても、その壁を乗り越えていかれるんです。そのために、その壁を壊して、壁がない状態にして、「近くのほかの町や村へ行こう」一緒に行こうじゃないかと導いて下さるんです。
タイの東北部にあるチャンライ県の1つの村を訪ねた時のことです。熱帯故に、11月でも35度を超えて、熱い毎日でしたが、その山村にある教会に、連れて行っていただいた時、道なき道を、大いに揺れながら、上っていきました。途中、牛が何頭がその道に群れていました。この牛は誰もものですか?と尋ねたら、誰のものでもなくて、この村皆で飼っている牛だから、鎖にも繋いでいないんだ~という説明でした。そしてその先の教会に辿り着いた時、その教会の建物は、屋根と柱だけの、壁がない教会でした。その教会を見た時、教会って、壁がないんだ~ということと、壁がないのが一番教会らしいと思いました。その教会での礼拝の時、歌っている讃美歌も、外に筒抜け。説教も筒抜けです。外からも野鳥のさえずりや、川のせせらぎの音が聞こえてきます。ところが、その教会を後にして、再び町に向かって山を下りていくと、家がたくさん建っている町に入ると、そこにある教会にも、家と家の間にも壁があり、隣同士の土地も壁で仕切られていました。
そのように壁は人が作るものです。しかしイエスさまは、その壁を越えて、一緒に行こうじゃないかと私たちをつかんで、導いてくださいます。でも時に、私たちは、自分自身に、自分で壁を作り、もうだめだとか、しても無駄だと諦めてしまうこともあるかもしれません。自分にとって、近い関係であればあるほど、その壁を作ってしまうこともあるでしょう。しかしイエスさまは、その壁を越えて、そこに一緒に行こうじゃないか!近くのほかの町や村へ行こう!とおっしゃられるのは、イエスさまが、壁を越えて、壁に向かって、一緒に行こうじゃないかと導いておられます。そのために、イエスさまは、私たちと一緒に、壁を越えて下さいます。その時、私たちの中にもある壁がある状態から、壁がない新しい関係へと造り変えてくださいます。その始まりが、シモンたちにとって大きな壁であったかもしれない、シモンのしゅうとめの癒しから、始まっていくんです。
祈りましょう。
