2026年3月15日礼拝 説教要旨

用いられていく(マルコ9:2~10)

松田聖一牧師

 

「2年後の「おかえり」言えるよう」というタイトルで、87歳の方がこんなことを、新聞に投書されていました。

 

大学を卒業した孫娘が、ボランティアとしてネパールに行きたい気持ちを、両親あてに長い文章で綴り、承諾を得た。ネパール行きの資金を稼ぐため、衣食住が不要な住み込みの仲居として伊豆の温泉で働いた。

その資金を手にして、ネパールに飛び、現地で老婆の体を拭いたり、やせ細った乳児に乳を飲ませたりしていた。しかし、自分ひとりで出来ることの小ささに気付き、日本に戻ってから青年海外協力隊として働くことに決めた。

幸いにも試験に合格。大阪の我が家で一緒に暮らし、孫はアルバイトをし、研修を受けながら出発の日を待った。

今年1月、いよいよ出発する日。孫は「おばあちゃん、2年したら帰ってくるから元気でおってよ」と言い、2人で肩を叩き合いながら別れた。

2年間は短いようで長い。87歳の現在から89歳になるまで待つのは、少しきついと思う。でも、あの孫が元気で帰ってくるまで、私も体に気を付けて、孫に負けないぐらい良い老いの日を過ごしたい。「ごくろうさん。お帰り」が言えるように、2年間元気で待ちたい。

 

2年間元気で待ちたい。孫娘さんを送り出したこの人は、2年間、孫娘さんを、待っています。「ごくろうさん。お帰り」が言えるように、元気に過ごしたいと願っています。それは、他の人と比べて、孫娘さんがいいから、待っているという、そういう次元ではなくて、ただ、孫娘さんを、待っているんです。そこには、おばあさんの、孫への思いであり、愛情と言ってもいい、その思いが溢れているのではないでしょうか?そしてお孫さんも、おばあさんに、「ただいま」と言えるように願っておられるのではないでしょうか?

 

それはイエスさまが、高い山に連れて登られた、ペテロ、ヤコブ、ヨハネに対してもそうです。というのは、イエスさまが連れて登られた時、「ただペテロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて」とありますが、この意味は、他の弟子たちと3人を比べて、この3人だけを連れて、でなくて、この時イエスさまは、「ただペテロ、ヤコブ、ヨハネ」この3人を、連れて行きたいからなんです。

 

だからイエスさまは、ペテロ、ヤコブ、ヨハネの前で、その姿を変えられたんです。そしてその姿は「服は真っ白に輝き、この世のどんなさらし職人の腕も及ばぬほど白くなった」とありますが、それはイエスさまがイエスさまでない、別の何かに変わったということではなくて、イエスさまが、神さまであるということを、この3人の前で現わされたということなんです。それが、「この世のどんなさらし職人の腕も及ばぬほど白くなった」とある通り、人の手が及ばない、人を越えた神さまによって、イエスさまは神さまとして輝いておられるということなんです。その中で、イエスさまが、モーセとエリヤと語り合っていたその光景を、目の当たりにした3人の1人、ペテロが、「口をはさんで言った」のは、モーセとエリヤとイエスさまとが語り合っていたところに、ペテロも、その3人と一緒になって、割って入って「先生、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。仮小屋を3つ建てましょう。1つはあなたのため、1つはモーセのため、もう1つはエリヤのためです。」と語り続けているんです。

 

その内容は、3つ仮小屋を建てましょうと、私たちが建てましょうと、非常に意欲的に、是非是非建てましょうと、イエスさまに言うのですが、そもそもどうやって建てるのでしょうか?というのは、仮小屋というのは、神さまを礼拝する場所です。それはペテロが考案したことではなくて、神さまが、荒れ野を旅するイスラエルの人々に、移動するたびごとに、そこで礼拝できるように、作りなさいとおっしゃってくださったものです。だから、移動式と言いますか、組み立てたり、ばらしたりできるものです。その材料も、何でもいいというのではなくて、非常にきめ細かく、どこに何を使うか?長さはどれくらいか、横幅はどうか?といった長さや、幅の寸法まできちんと決められています。また、仮小屋の屋根を覆う天幕として使われる布の大きさも、その布の種類も、非常に高価なものを使うと決められています。さらにはその布は、1枚だけではなくて、二重に屋根を覆いますから、2枚いります。また建物全体を覆う大きさですから、非常に大きなものです。しかも、その布には、決められた刺繍のデザインが施されます。その刺繍に使われる糸も、きちんとこれ、と決められていて、これ以外はダメというものです。そういう設計に関して、出エジプト記というところに、事細かく書かれています。それくらいのものですから、仮小屋を1つ建てるだけでも、大変なのに、3つ、私たちは建てましょうです。ところが、建てましょうと言いながら、どこから材料を持ってくるのか?誰が組み立てるのか?誰が、刺繍をするのか?そういう具体的なことを、ペテロは何一つ言っていません。

 

だから誰がするんですか?という問いが生まれてきます。誰が出来るんですか?言い出しっぺのペテロが全部するんですか?私たちというのは、誰を指して言っているんですか?という問いに、ペテロが答えられるのかというと、どうでしょうか?

 

ある幼稚園の先生がおられました。優しさと厳しさを兼ね備えた先生でしたが、幼稚園に送り迎えされるお母さん方に、時々、痛いこともはっきりとおっしゃられるんです。ある時、どなたかお母さんが、何かしらおっしゃったのでしょう。それを聞かれた先生が、こう聞き返しました。「今、なんとおっしゃいました?」その瞬間、お母さんは、固まるんです。そして先生に叱られまして、自分の間違いに気づかれるんですが、そういう優しさと厳しさがありましたので、お母さんにとって、良く言ってくださったと、その先生が好きになられる方と、もういやだと、その幼稚園から別の幼稚園に移られる方、その先生が嫌いになられる方もいました。でも、「今、何とおっしゃいました?」と問われた時、そこには、間違いがあるんです。それを受け入れるか、受け入れようとしないかは、受け手の側の問題ですが、そこまで言って下さったのは、言う側も勇気がいったと思います。

 

そういう意味で、「わたしたちが建てましょう」と言ったペテロにも、「今、何とおっしゃいました?」と、同じ問いになります。なぜなら、自分から建てましょうと言いながら、私が建てます!私が全部材料を集めて、組み立てて、刺繍迄全部しますとも、何も答えていませんし、私たちが建てましょうにも、具体的な答えが何もないからです。しかもその時、イエスさまも、モーセ、エリヤも、ヤコブ、ヨハネも、建ててほしいとか、建てましょうと言った言葉は何もありません。それなのに、ペテロひとりが勝手に、私たちが建てましょうと言っているんですから、こんな無責任なことはありません。しかもペテロひとりでは出来ないことを、言っているんですから、これは有言不実行です。一番ややこしいですね。不言実行でしたら、何も言わずに、ただ黙って建てようとし始めるのでしたら、ああペテロはすごいなということになります。有言実行でしたら、ああ、建てましょうと言った言葉に、ちゃんと責任をもって、実行しているんだなとなります。でも、建てましょうといいながら、具体的に何をするのかがないと、有言不実行ですから、こんな迷惑なことはありません。やりましょうと言うのであれば、自分の言葉に責任を持たないといけません。それが責任を果たすということになりますが、ここでのペテロは無責任です。やろうということを他に人にも、なすり付けていますから、これは困ります。だから「今、何とおっしゃいました?」になります。

 

では私たちはペテロとは違うのか?というといかがでしょうか?不言実行なのか、有言実行なのか、いや、有言不実行なのか?というと、いろいろなことにおいて、有言不実行という、言ったは、言ったけれど、何もしていないと言うことが結構あるように思います。自分ができなければ、やりましょうではなくて、正直に、私にはできませんので、やってくださいませんか?やってほしいですと言えばいいと思います。ところが正直でないと、言っていることと、やっていることが、ちぐはぐになってしまいますから、ややこしくなるんです。

 

そんなペテロに対して、イエスさまは、分かった、ありがとうとか、建てて下さいとか、そういうことに一切触れていません。ペテロの言っていることに、目くじら立てて、ことさらに取り上げようともしていません。それに対して、何もおっしゃられないまま、「すると、雲が現れて彼らを覆い」神さまは、何とおっしゃいましたか?と言われても仕方のないペテロも、どう言えばよいか分からなかったことも、非常に恐れていたヤコブも、ヨハネも、覆ってくださるんです。では覆われた中身、内容は何でしょうか?それは、有言不実行な、周りに迷惑を掛けてしまったペテロであっても、また一緒にいた彼らであっても、そのままを神さまは、神さまの愛と憐れみと、赦しで覆って包んでくださっているということなんです。

 

その時神さまから与えられたのが、「これはわたしの愛する子、これに聞け。」です。イエスさまに聞きなさい!イエスさまの言葉を聞きなさい!イエスさまの言葉を聞いて、イエスさまを愛する神さまが、イエスさまを通して、神さまの愛と憐れみと、赦しで覆って、包んでくださった神さまの言葉を聞きなさいということなんです。

 

そのために神さまがしてくださったことは、彼らの前から、モーセや、エリヤを見えなくさせて下さったということなんです。もうそこにはイエスさましかいないので、3つ建てましょうということも、言う必要がなくなりました。だから、何とおっしゃいましたか?と問われる、その必要もなくなったんです。

 

そしてただイエスさまがだけがおられ、彼らに、「人の子が死者の中から復活するまでは、今見たことをだれにも話してはいけない」とおっしゃられたイエスさまは、今は、話してはいけないけれども、十字架の死と復活の後には、話して良いということなんです。イエスさまが十字架の死から、甦えられた後には、イエスさまが神さまであること、今も生きて働いておられる神さまであることを、話していきなさいということを、聞くんです。

 

出身教会の30周年記念誌に、寄せられた一人の方の言葉があります。この方は、私が幼少の頃からお世話になった方でした。教会学校を始め、いろいろな場面で良くして下さった方でしたが、先日天に召されて、今は天国です。ご葬儀が終わった後、ふと30年ほど前、ある時、私が神学校に行くと言う時に、つかつかっと寄って来られた時のやり取りを思い起こしました。「神学校に行くの?」「はいそうです」「ルーテルで働くの?」「ハイそのつもりです」「ルーテルじゃなくて、日本基督教団の方がいいと思う」その時は、教団で働くということは全く考えていませんでしたが、今振り返ると、どうしてそんなことを言われたのか?今となっては分かりませんが、言われた通りになっているなと思いながら、寄せられた記事を、改めて読んで見ました。

 

「出会い」「イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも変わることがない」人間は人生においていろいろな人との出会いを経験します。そして、また、そのことが、その人の人生を大きく左右する結果となることが多くあります。私の人生を大きく転換させるもととなったのも、夜の学舎での一人の兄弟との出会いにあります。熱心なクリスチャンだった彼との出会いを通して、キリスト教を知り、教会の門をくぐることとなりました。以来20数年、教会の会員として、有為転変(ういてんぺん)を体験しながら教会生活を送ることとなりましたが、その間の教会での人々との出会いが、その後の私の人生での人々との出会いの大半を占めることとなりました。

幾人かの宣教師、牧師、伝道師、また、多くの教会の兄弟、その方々との出会いによって私の人生も大きく左右されました。罪深い人間でありながら、今に至るまでの信仰生活を送ることができたのも、この方々との出会いがあったからだと確信しています。

神の摂理、ご計画を思います。20数年の私の教会生活の間に出会った多くの兄弟姉妹、教会を離れ遠くに去り、キリスト教から離れた人たち、他教会員となって熱心に信仰生活を送っている兄弟、一人一人の顔を思い起こす時、それぞれ、違った道を歩んでいても、この教会での神との出会い、兄弟姉妹との出会いを大切にして、キリストにある人生を歩んでいってほしいものと願わずにはおられません。

30年、教会も、社会も、人々も変化してきました。しかし、いつまでも変わることがないイエス・キリストとの出会いを感謝して、祈りつつ歩み続けたいものと願っています。

 

自分にとって、最初の計画から、違う道になっても、イエスさまと共に歩む人生は、どこにいても、どこにあっても、同じ神さまに繋がっている人生です。ペテロも、ヤコブも、ヨハネも、これから弟子として歩む中で、イエスさまの復活の後、12人がずっと一緒に行動していません。一塊になっていきません。ペテロも、ヤコブも、ヨハネも、他の弟子たちも、それぞれに違ったところに、遣わされていくんです。そして遣わされた先で、イエスさまは今も生きて働いておられる、復活の主だ!ということを、話していくんです。伝えていくんです。そのことに、今、この時、分からなくても、時には、有言不実行になってしまったとしても、それでも神さまは、神さまの愛と赦しで覆ってくださるんです。そして、神さまのご計画に従って、それぞれのところに、遣わして下さり、遣わされた、そのところで、用いてくださいます。それは用いられた方が、召されてもなお、神さまが、召された方をも、その言葉をも用いて下さるんです。用いられていくというのは、そういうことです。

 

祈りましょう。

説教要旨(3月15日)用いられていく(マルコ9:2~10)