伊那坂下教会 CSだより 2026年2月

 

 二月は去ると言うとおり今月ももう後半を過ぎもう三月になろうとしています。寒い日もありますが、日差しに春を感じます。 

神さまのまなざしをそこにも感じますね。 

 

2026年2月15日教会学校説教 

(マタイ6:33~34) 

「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」 

 

 ここにカレンダーを持ってきました。今日は2月15日ですね。昨日は?2月14日、バレンタインデーでした。これは司祭という神さまの働きをされる方の名前が取られています。ヴァレンティヌスという人が、兵士たちが結婚してはいけないと言う皇帝の命令がある中で、やっぱり結婚することは大事だ!ということで、命令に違反したということで、処刑されてしまった方です。チョコレートを配るというのは、モロゾフが始めたと言われています。 

 その2月14日は昨日です。じゃあ明日は、2月16日だよね。 

 

 いつから2月16日になる?今日の夜中の12時ジャストで明日が始まります。そういう明日が、来ると思っています。だから明日は何をしようかとか、何をしなければならないとか、予定を立てたり、計画したりします。 

 

 今週、土曜日に、大学院の試験があります。20年ぶりの入試です。今日はこれをして、明日は、これをしてと、考えます。今日は英語の文章を読まないといけないなとか、面接ではどんなことを聞かれるのだろう?と想像しながら、今日はこれ、明日は、これと計画します。そういういろいろな計画を立てますが、明日が、本当に来るのかというと、それは明日にならないと分からないですね。なぜかというと、明日という未来のことは、自分の中では、あると思っていても、実は、自分のものではないからです。どんなに明日はこれを使用、あれをしなければと思っていても、その明日は、自分のものではなくて、神さまのものだからです。そんな自分のものじゃないのに、神さまは、私たちに、明日を与えて下さるから、明日があるし、明日が来ます。 

 

 そういう意味で、自分のものじゃないのに、与えて下さって、自分のものとしてくださる神さまです。 

 

 ということは、明日が来たら、明日を、大切に使うことが、大切じゃないかと思います。じゃあ具体的に、明日をどう使ったらいいか?それは、何をするにも、何を考えるにも、何を思うにも、与えて下さった神さまのために使おうとすることです。 

  

 神さまのために使おうとするとね、不思議なことですが、必要なものが、次々と与えられていきます。神さまのために使うことは、減ってしまうとか、なくなってしまうと思うこともあるかもしれません。でもそうではなくて、神さまのために、使おうとすればするほど、減るのではなくて、増えてきます。使えば使うほど、与えられます。 

 

 去年夏にキャンドルコンサートをしたときのことです。チャリティーコンサートということで、能登半島で地震に遭われた教会の皆さんにも、少しでもお手伝いができたらと計画しました。その時、チラシの印刷代と、新聞折り込み代と、演奏くださった方々にも、お礼にチョコレートを差し上げることができました。そのためにかかったお金は、大体5万円でした。その内の半分、25000円を東海教区から援助をいただいたので、教会として使ったお金は、25000円でした。今年も大勢の方々に来ていただくことができて、喜んで帰っていかれました。能登半島地震のために、ということで、義援金箱を用意して、呼びかけました。どれくらいのお金が、ささげられたかというと、55000えんくらいでした。神さまのために使おうとして使った時、使ったお金以上のものを、神さまは増やして下さり、ちゃんと与えて下さいました。 

 

 明日を与えて下さる神さまは、明日のために必要なものを、ちゃんと与えて下さるだけではなくて、使った以上に、増やして、与えて下さいます。増やして下さる神さまが、明日を与えて下さり、明日にも、神さまのために使おうとしたことを、増やして与えて下さいます。決して減ることはありません! 

    

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

教会学校だより 2月