2026年1月4日礼拝 説教要旨
真ん中に(ルカ2:41~52)
松田聖一牧師
12歳という年齢は、小学校6年生の子どもたちの年齢に当たりますが、その頃になると、男の子の中で、声変わり、変声期を迎える子も出てきます。女の子にも、男の子ほどではありませんが、変声期があります。他にもいろいろなことで、その子なりの個性がだんだんとはっきりしてきたり、身長が伸びたりと、12歳を境に、大きく変わり、次第に大人になっていきます。そういう意味では、12歳というのは、子どもの最後の年とも言っていいでしょう。だから中学生になると、バスとか、電車も、子ども料金から、その2倍の大人料金にも変わっていきます。そういう意味で、12歳というのは、子どもから大人へと変わる1つの区切りの年でもあります。
その12歳を、イエスさまも迎えた時、「さて両親は、過越祭には毎年エルサレムへ旅をした。イエスが12歳になったときも、両親は祭りの慣習に従って都へ上った」という意味は、イエスさまの両親、ヨセフ、マリアは、過越祭の時になると、毎年欠かさずに、イエスさまを、エルサレムにある神殿に礼拝に連れて行っていたということですし、「12歳になったときも」ということは、イエスさまが大人の仲間入りをする時まで、ちゃんと神さまの前に連れて行くことを、途中でやめないで、ずっとしてきたということでもあるんです。ということは、エルサレム神殿に連れて行かれた、他の子どもたちの中には、12歳までも、が、なかった子どももいたかもしれません。そこには、いろいろな事情や理由はあると思いますが、12歳になる前、大人への入り口の年齢になる前に、途中でエルサレムに連れて行くことを止めてしまった、両親もいたということなのでしょう。
あるいは逆に、他の親たちは、大人としてその子を認めて、その子が、自分の意志で考えて、行動できるように、その子から子離れするのに、ヨセフ、マリアは、イエスさまを、まだ子どもだから、親の責任において、連れて行かなければ…という、親の、イエスさまへの過干渉的な姿もあるのかもしれません。つまり、12歳になったときも、にある、この両親の姿は、子の親離れではなくて、親の子離れの難しさも表しているのではないでしょうか?
ノーベル賞を取られた山中伸弥さんと、ある出版社の本の著者との対談で、こんなやりとりがあります。その本は「高学歴親という病」というタイトルで、その著者の成田さんという方とのやり取りが、次のように紹介されています。
山中: 子育てで一番大事なのは、子どもを信頼することだと力説されていますよね。高学歴親は、なぜ子どもを信頼できない傾向があるんでしょう。
成田: 子どもが成長するには自分でトライ&エラーをくり返すことが大切ですが、高学歴親は「完璧を貫いてきたから今の自分がある」という自負から、子どもの些細な間違いも、先回りして直したりするんです。
山中: そういうことが悪しき「完璧主義」につながるんですね。「虚栄心」も良くないと。
成田: どうしても、まわりの人からどう見られるかを気にしてしまうんです。少しでも見栄えのいい外面をつくりたい、早く良い子に育てたいと。でも、そこはぐっと我慢をして、失敗したり何かとんでもないことをやっていたりする子どもを見守って、何回かのちにできるようになるまで信じて待つことが大事なんです。
山中: 「孤独」も問題だと。
成田: 特に専門家と言われるような方たちは、プライドが邪魔をして、ママ友をつくってキャッキャできないところがあります。その結果、自分の狭い考えと、たくさんあるネットの情報に頼りすぎて、「こうしなければいけない」を押し進めてしまう。それは強迫の症状で、その不安が高まるほど子どもが信頼できなくなるんです。
山中: 僕も、妻と喧嘩になったことが(笑)。妻に「心配ばかりしないで、ちょっとは信頼しようよ」と言ったら、「それはあなたが無責任なだけよ」と。
成田: 難しい問題です(笑)。子どものまわりには危険もいっぱいあるのですが、親はそのリスクを引き受ける覚悟がないといけない。私も娘が小学5年生のときに、本人がどうしても行きたいと大騒ぎするので、ブラジルに1ヵ月送り出したことがあります。十数ヵ国の子どもたちが集まるキャンプでした。その1ヵ月間は親とも一切連絡をとらない。ブラジルなんて私も行ったことがないし、何かあっても、すぐに飛んでいくこともできない地球の真裏。ものすごく心配でしたが、これで無事に帰ってこられたら、娘は絶対に特別な何かが得られるし、それは彼女にとってすごく良い経験だろうと思いました。
山中: その判断は、なかなか勇気がいりますよね。
成田: 怖かったですよ。でも、お腹にぐっと力を入れて娘を送り出しました。
山中 まさに、かわいい子には旅をさせよということですね。
成田: そこが高学歴親のふんどしの締めどころなのかなと。せっかくお金や知識がある方たちなので、習いごとをいっぱいさせるとか、その送り迎えにエネルギーを使うよりも、そういう大きなチャレンジをすることにかけてほしいですよね。
子どもをどこまで信頼するか、信頼できるか、ということは、本のタイトルに付けられている、そういう親だけのことではなくて、子どもに教えるとか、子どもと接する立場も、同じことが言えると思います。目の前にいる、その子どもを、どれだけ信頼できるか?信頼しようとしているか?反対に、どれだけ信頼しようとはしていないか?ということも含めて、いろんな形があるのではないでしょうか?そしてそこには、親として乗り越えなければならない、いろいろな課題もあるのではないでしょうか?では、そういう課題がありますから、乗り越えて下さいと言われて、乗り越えられるのか?というと、そこが難しい所だと思います。思いや願いはあっても、なかなかそうはうまくはいかない、理屈道理にはいかないという現実もあるのではないでしょうか?だから、親は親として悩みますし、子どもは何にも思わないのかというと、実は子どもも悩んでいるのではないかと思います。そういう意味では、親や、子どもであるということは、親としての、子どもとしての経験をしていんですね。その時、理屈通りにできたか、どうだったかとか、うまくできたか、できなかったかということが、どうとか、こうとか言えるものではありませんし、その経験の内容は、みんな違います。でも、それぞれが、親として、子どもとして、いろいろな経験をしているということは、凄く大きな事だと言えるのではないでしょうか?
そういう意味で、イエスさまを神殿に12歳になってからも、連れて行ったヨセフとマリアの、親心が、どういうものであったか?いろいろ想像できると思います。イエスさまは、神さまから与えられた子供だから、何かあったら大変だという思いがあって、大切に、大切に育てていたのかもしれません。だから、他の親がやらないようなことまで、徹底的に、一生懸命にしていたのかもしれません。その結果、ヨセフとマリアは、イエスさまと言う子どもを、いつまでも子どもとして、手離せなかった・・・ここに、親の子離れの難しさと、その現実が見えてくるように思います。
じゃあヨセフ、マリアは、ちゃんとイエスさまから離れず、見ていたのかというと、「祭りの期間が終わって帰路についたとき、少年イエスはエルサレムに残っておられたが、両親はそれに気づかなかった」
両親はイエスさまも帰り道に一緒にいるかと思っていたら、イエスさまは、エルサレムに残っておられたということは、ちゃんと見ていなかったということではないでしょうか?子離れができないでいたのに、ちゃんと見ていなかった、ということは、ヨセフやマリアにとっては、大変なことです。ではそれだけなのかというと、エルサレムから帰ろうと、帰路についた時に「少年イエスはエルサレムに残っておられたが」には、日本語の聖書には現れていないもう1つの言葉が、もともとの言葉にはあるんです。それは何かというと、「向きを変えて、離れて元に戻る」という言葉も、この中にあるんです。つまり、イエスさまは、ヨセフやマリアと、一緒に帰ることになった時、ヨセフや、マリアと一緒にいた、その集団から離れて、向きを変えて、「元に戻ろう」としているんです。これは、イエスさまが、親離れしようとしているという姿が見えるような気がしますし、その結果「エルサレムに残っておられた」ということも、「残っておられた」には、エルサレムから逃げ出さずにとどまっていたとか、持ちこたえていたとか、耐えて、耐え忍んで、そして待って、待ち望んでいたという意味もありますから、親から離れたから、それでハッピーになれたのかというと、耐え忍んで、待ち望んでいたということがあるんです。
つまり、イエスさまは、両親が親戚や知人の間を捜しまわっていても、捜しながらエルサレムに引き返した、その間にも、学者たちの話を聞いたり、質問したかったから、残っておられたのではなくて、エルサレムから逃げ出さず、耐えて、忍んで、待ち望んでいたんです。
では、何のために逃げ出さず、耐え、忍んでいたのでしょうか?何を待ち望んでいたのでしょうか?
それは、「神殿の境内で学者たちの真ん中に」座るためであり、その真ん中に座ることで、耐えながら、待ち望んでいることがあるからです。その意味は、物理的に神殿の境内にいる学者たちの真ん中と座ろうとしていたということよりも、学者と訳されたこの言葉にある、教える者たち、その教える者たちの教えの、真ん中に、イエスさまが、神さまであり、神さまとして、その真ん中、中心にあるためなんです。この時、教える者の教えは、何かというと、聖書の言葉ですから、その教えとは、聖書そのものであり、聖書自身が、語り、聖書の言葉を通して、神さまが教えておられる、その教えの、その真ん中に、イエスさまがおられるということに繋がっていきます。
そのイエスさまのもとに、学者たちが集まり、学者たちに話しを聞いたり、学者たちに質問を、イエスさまはしておられるということは、まさにイエスさまと学者たちとの間で、神さまの言葉が、語られ、神さまの言葉について、教えが行きかい、神さまの言葉を、学者たちも、イエスさまも、そこで聞いて、受け取って、受け入れて、更にその意味を、聞いたり質問しながら、確認しているんです。
その真ん中に、イエスさまがおられるんです。
このやりとりというのは、学者とのことだけではなくて、私たちにとっても、聖書の御言葉について、聞いたり、あれこれ質問したりすることと、実は、同じことです。
来週、エデンの会があります。毎回1つのテキストを用いて、ご一緒にその意味について、また分からないことについて、聞いたり、質問したりする機会があります。先日、昨年のことになりますが、5つのパンと2匹の魚のお話、聖書に出て来る奇跡の出来事についての話題になった時にも、非常に自由闊達なやり取りになりました。その奇跡のお話は、5つのパンと2匹の魚が、5000人以上の人々に、分け与えられた時、十分に行き渡っただけではなくて、食べて満腹したということだけでもなくて、パン屑を集めると、12の籠いっぱいになったということから、これは12人のお弟子さんたちのためのものになったのではないか?とか、いろいろな思いが出てきましたが、その時、ふと、2匹の魚については、分け与えられた後、その魚が余ったとか、魚がどうなったかということについては、4つの福音書には何も書いていないということに対する気づきと、それについて聞いたり、質問したりということが、大変盛り上がりました。それはどういうことかというと、魚というのは、イクスュースという言葉です。このイクスゥースという言葉を構成する、1つ1つの言葉には、それぞれにまたギリシャ語の言葉が続いていまして、それらを全部合わせると、イエスキリストは神の子、救い主と言う意味になるんです。
つまり、魚には、イエスさまが神さまであり、救い主であると言う意味が、象徴されていますので、それで、魚が1つのロゴと言いますか、1つのしるし、象徴的なものになり、魚ということを、例えば、迫害が非常に厳しかった時には、イエスさまと口にするだけで、つかまりましたから、その代わりに、魚ということを言えば、「ああこの人は、イエスさまを神さまとして信じている人だ!」ということが、分かる人には分かるということで、クリスチャン同士で言ったり、聞いたりした、1つの合図となりました。そういう意味である、魚は、この奇跡の出来事の中で、分け与えられていくところまでは、聖書の中に書かれていますが、その後は、消えてなくなっています。ということは、魚は、確かに人々のお腹の中に、入れられ、人々は魚を十分に食べることができたことと、それによって、イエスさまが、神さまであり、救い主であるということが、人々の中に、受け入れられ、広がり、人々を十分に満腹させた、十分に人々を満たしたということにも、繋がっていきます。その結果、イエスさまは、あまることなく、人々の中に、目に見える形ではなくて、完全に行き渡ったということでもあるんです。
そのことが、お互いに1つのヒントになって、聞いたり、質問したりということで、非常に盛り上がるひと時になったのではないかと思います。それは、聖書の言葉について、聖書の言葉を、聞いたり、質問したりすることによって、そこに、イエスさまが真ん中におられ、その真ん中で、私たちに語り、私たちの質問を聞き、その意味について、イエスさまが、聖書の言葉を通して、しっかりと教えてくださっているということから、来るもの、与えられるものではないでしょうか?
そのイエスさまを、3日の後、ヨセフ、マリアは見つけたということなんです。それは、ここにイエスさまがいた!発見できた!というだけではなくて、ヨセフ、マリアは、イエスさまが、神さまとして、神殿の境内に座っておられる、その真ん中におられるお方として、見たのではないでしょうか?
そしてその真ん中は、十字架に付けられた2人の強盗の真ん中に立てられた十字架に、付けられ、十字架の上で、すべての人を赦してくださった、イエスさまであること、そのイエスさまが、真ん中で、神さまとして、救い主として、神さまの救いのご計画を、完全に成就してくださった、イエスさまであるということを、私たちにも、見せて下さるんです。
祈りましょう。
